*収穫祭*

対等-2


 何とか気持ちを切り替え、王宮へと移動しながらハリにイリアーナの様子を伺う。

「……ハリ。それで姉上の容体はどうなんだ? よほど悪いのか??」

「……まだ詳しくは私もわかりません。それにしてもライア。さらりと朝帰りなんですけど…。あのスズランと言う娘と一夜を共にしたのですか?」

「なっ!? 何言い出すんだよ!! ハリがスズランにヴァレンシアの店の場所を教えたんだろ? 丁寧にお前の護りの煌像術ルキュアスまでかけてあったし…!」

 ハリの直接的な質問に狼狽えるラインアーサ。

「あの娘がどうしてもライアの居場所を知りたいと言うので致し方なく…」

「それにしたって、危ないだろ。そもそも未成年者は外出禁止令が出てる。今回は何もなかったから良かったものの……」

「……そんな風に狼狽えるなんてよほどなのですね」

「何がだよ…?」

「一時期あの酒場バルに通い詰めたのも、最近ずっと上の空だったのも。あの娘が全ての根源ですか?」

「根源って…。そんな言い方ないだろ」

 ハリの棘のある物言いに対し流石にラインアーサも苛立ちを隠せない。

「……すみません、今日も少し頭痛が酷くてつい苛々としてしまいました」

「……」

「まぁ、ライアの女性への手の早さは今に始まった話では無いですし、私は気にしてませんので」

「さっきから何だよその言い方! それにスズランは違う。そんなんじゃあないんだ。昨日だって特に何も、ない…」

「何もない…。そうなんです?」

「ああ。すごく、大切なんだ…」

「……そうですか」

 ハリが小さく息を吐く。
 その後、しばらくの間沈黙が続くも両者とも黙って歩を進めた。
 王宮へ着くなりラインアーサはイリアーナの部屋へと急いで向かった。

「──っ姉上!! 大丈夫か!?」

 扉を叩き中の返事も待たず、すぐに談話室の中へと踏み入る。寝室の扉の前にリーナと王宮専属の薬師が立っているのが目に入った。

「リーナ! エルベルト先生! ……姉上は…っ!?」

「アーサ様、御静かに願います。只今イリア様はおやすみ中でございますよ」

「今朝方、お気分が悪いと朝食時に倒られまして、ここ最近はずっと微熱もおありで……」

 続いてリーナが寝室の扉を見つめたまま不安気に答えた。

「今フロラ医師せんせいが診ておられます。診察が終え次第説明致しますので落ち着いて、とりあえずお掛けになって下さいませ。アーサ様」

 寝室の扉の前でおろおろと落ち着きなく歩き回るラインアーサに椅子を勧める薬師くすしのエルベルト。優しげな目元の年配男性だ。フロラやエルベルトはラインアーサが幼い頃から専属で王宮に仕えている侍医であり、親しい間柄だ。

「……そう、なのか」

 ラインアーサは長椅子ソファーに腰掛け、深く息を吐いた。談話室は沈黙に包まれたがそこへ慌ただしく足音を立て、豪快に扉を開け入ってくる人物がいた。

「イリア!! 私のイリアは大丈夫なのかい!?」

「陛下…! お、お静かに。イリア様は只今おやすみになられてます……」

「あ、ああ…。そうだったか。これはすまないことをしたなエルベルト。今、イリアがどんな状況なのか教えておくれ?」

「ええ、もちろんです。どうぞ落ち着いてくださいませ陛下。もう少しでフロラ医師が診察から戻るのでお掛けになってお待ちを…」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 先ほどのラインアーサ同様宥められ、椅子を勧められるライオネル。
 同じく長椅子ソファーの隣へと腰を下ろすとこちらに視線をよこす。その表情にはやはり疲れが見えた。

「アーサ…! 暫く顔を見なかったが元気だったかい?」

「……父上こそ、働き詰めで無理してない?」

 お互い久々に顔を合わせる所為か、少々気恥ずかしい気がした。

「大丈夫だよ、ありがとう。それよりも今はイリアが心配だ……」

 ラインアーサは息を長く吐きながらリーナに出されたお茶にたっぷりの砂糖を入れてかき回した。

「……俺、姉上に謝らないと…。最近心配ばっかかけてたから…」

「私もだよ…。国王である以前に父親として反省しないといけない事が山盛りだ。イリアにもお前にも苦労ばかりかけさせてしまっているからな」

 この所落ち着いて話も出来なかった為、ここぞとばかりに話を続けるラインアーサ。

「そんな事、ないよ。でも父上……。こんな時に話題にするのも変だけど、俺に何か色々隠し事があるだろ…?」

「アーサ、それは…っ」

「俺。知らなかった…。母様に姉妹がいた事。それに、特別な力が使えるって事も……」

「っ…何処で、それを? ああ…、いや。いずれちゃんと伝えようと思っていた事なんだ…。しかしその好機を逃してばかりでね、本当に、、すまなかったよ、アーサ」

 心底申し訳なさそうにするライオネルの顔を見ると、色々言いたかった不満が消え入ってしまう。ラインアーサは甘いお茶を胃に流し込み、また息を吐いた。

「……いや、別に。今度時間が空いたらでいいんだ。俺にもちゃんと母様の事……教えて欲しい」

「そうだね…。約束しよう。今起きている事件を解決させ次第、必ずお前との話し合いの時間を作る事にするよ」

「ん、ありがとう。父上、あと。俺も事件解決後になりそうだけど父上に、、その、紹介……したい人が、いるんだ」

 ラインアーサが恥ずかし気にそう告げるとライオネルはとても嬉しそうに微笑んだ。

「そうか、それは楽しみだ! これまで以上に全力で事件の解決に力を入れよう! 早くアーサの心を射止めた素敵な女性に会いたいものだ」

「いや、そう言う訳じゃあ…。それにまだ紹介出来るかは分からないけど……」

「けれどアーサにそんな嬉しそうな顔をさせる女性だろう? 早く会ってみたいよ」

 そう言うとライオネルはまたこりと微笑んだ。
 直ぐにでも事件を解決させ、ライオネルとイリアーナに安心してもらわなければと言う気持ちもある。

「そうだ…! 父上。事件の犯人だけど、もしかしたらマルティーン帝国の…」

 ラインアーサが言いかけると同時に寝室の扉が開き、中から医術師のフロラが出てきた。

「イリアの様子は!?」「っ先生、姉上は!?」

 二人の声が重なる。
 フロラは二人に向かい柔らかく微笑むと、静かな口調で話し始めた。

「陛下に殿下! まずは、おめでとう御座います」

「!?」

「フロラ、一体……どう言う事なんだい?」

 ラインアーサも言葉の意図がわからず困惑する。しかしリーナが少し興奮気味に顔を赤らめた。

「フロラ先生! やはりイリア様は…」

「流石にリーナは薄々感じていたようだね…。イリア様は御懐妊なさっておいでですよ」

 そう告げられライオネルは長椅子ソファーから勢いよく立ち上がった。

「……懐妊!? そ、それは本当なのか?」

「って事はブラッド兄様との…!!」

 ラインアーサも立ち上がりイリアーナの恋人であるブラッドフォードの事を考えると自然と顔が綻ぶ。

「陛下、アーサ様。改めて、誠におめでとう御座います!!」

 エルベルトもリーナもイリアーナの懐妊に喜びの声をあげ、談話室は祝い情緒に包まれた。だがフロラが咳ばらいをし、落ち着き払った口調で続ける。

「しかし暫くは絶対安静にして下さい。栄養のある食事が大事です。それとあまりご本人に心労をかけないようにして下さいね! それから…」

 まだ説明中にも関わらず、ライオネルが突然抱きついてきた。

「っわあ!? なんだよ父上!」

「……すまないアーサ。とても、とても嬉しくて…!!」

「ん…。俺も嬉しい」

 ライオネルの瞳に光る物が見え、ラインアーサの瞳も潤む。

「油断は出来ませんよ! イリア様の体力はかなり消耗されているご様子です。安定するまでは決して安心出来ません」

「そうですね、絶対安静。今はこれが一番です。食事の栄養面は私、エルベルトにお任せください」

「ありがとうエルベルト。よし、ではアナの時と同様に当分の間めいいっぱい安静にさせよう」

「母様と……同じ?」

 ラインアーサはその言葉がどうしても気になり尋ねた。

「そうだよ。アナは身体が弱かったからね……それではすぐに準備を整えよう! オゥに連絡を取り、急いでブラッド君にも知らせなくては!! こうしてはいられない」

 ライオネルは足早に部屋の外へと向かう。

「あ。父上、約束…!」

「ああ、忘れないよ! アーサこそ私に愛しい人を紹介すると約束しておくれ、必ずだよ?」

 片目を閉じ悪戯っぽく微笑むとライオネルは来た時の様に慌ただしく談話室を後にした。

「ふふ。陛下のご様子、本当にエテジアーナ様の時を思い出します……」

「え…?」

 フロラが瞳を閉じながらしみじみと語り出した。

「私はエテジアーナ様がアーサ様…。貴方様を身に宿された時の事を今でもはっきりと思い出せますよ」

「っ…俺を!?」

「ええ…。アーサ様の時はそれはとても心配されたのですよ?」

「心配って……なんで…」

「エテジアーナ様は元々お身体が弱かった上にイリア様の御出産の時に一度、母子共に危険な状態になった事があったのです。故に二人目は絶対に無理だろうとし判断し、断念していたんです」

「そんな事が……」

 フロラが深く頷く。

「しかしアーサ様をご懐妊された時、エテジアーナ様はどうしても産みたいと仰いまして…。それからの陛下の過保護っぷりといったらそれはそれは大袈裟な物で…。あっ、いやアーサ様にこのような話しをてしまい申し訳ございません!」

「いいんだ、教えてくれてありがとうフロラ先生! 出産の時も先生が俺を取り上げてくれたって聞いてるよ」

「……え、ええ! アーサ様はとっても元気で立派な赤ん坊でしたよ…!!」

 一瞬、何故かフロラが不自然に笑顔を見せた様に感じた。

「? 、、そっか! 俺、母様や父上。周りのみんなに感謝しないとな!!」

「そうですよ、アーサ様がお生まれになってこの王宮もだいぶ賑やかになったのですから!」

「んん? エルベルト先生、それはどう言う意味だ? 俺、そんなにうるさかったのか?」

「ふふ。賑やかなことは良いことですよ、アーサ様。ですが今はお静かに…。イリア様を起こしてしまいます」

「……そうだな、じゃあ姉上が起きたらまた改めて顔を出すよ。フロラ先生にエルベルト先生、姉上をよろしくお願いします! リーナもお茶ご馳走様」

 ラインアーサは二人の侍医に頭を下げると静かにイリアーナの部屋を後にした。



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