*旅の終着*

微睡みの車窓-2


「───スズ!? やっと見つけた!!」

 突如、森の中からラインアーサより少し幼いが気の強そうな少年が現れ、こちらまで駆けてくる。途端にスゥの表情が硬くなった。

「……セィシェル…っ…やだ、いかない!」

「なに言ってるんだよ、こんな危ない所に来て! 親父だって心配してるんだ。早く帰るぞ」

 少年は目の前まで来るとスゥの手を強引に引き早足で歩き出した。

「やだっ! スゥ、ライアおにいちゃんとパパさがすんだもん、かえらない!」

 スゥはラインアーサの足元にしがみつき必死に首を横に振った。先程折角見せてくれた愛らしい笑顔はすっかり曇ってしまっている。

「あの、この子は嫌がってるように見えるけど……君はこの子の兄さん、なのか?」

 二人を見比べる。
 さらりとした金色の髪と垂れた目元に少し生意気な印象を受ける。あまり似ていないと思いながらもそう疑問を投げかけた。

「は? 何だあんた。誰だよ、スズから離れろ! それに、関係のない奴に教える義理はないね」

「……なっ」

 少年の口の悪さにラインアーサは苛立ちを覚えた。しかしスゥをまた怖がらせたくはなかったので何とか流す。

「しかもここって王宮の敷地だろ? 一般人が勝手に侵入しちゃあいけないはずだぜ! 俺たちも早くここから……ってあんたまさか、人攫ひとさらいなんじゃないか? 上手いこと言ってスズのこと攫うつもりじゃ…」

 だがこの言い草には流石に耐え切れず、完全に頭に血が上ってしまった。ラインアーサは少年を睨み付け、低い声で凄んだ。

「……お前、黙って聞いていれば。勝手にこっちを人攫い扱いか? 王宮の敷地内? そんな事は知っている」

「な、なんだよっ」

「───俺は…」

 ラインアーサはセィシェルに自身の真名まなを告げようとした。この少年が愚かでなければその意味を理解できた筈であろうが、スゥの消え入る様な声にその行為は引き留められてしまった。

「っごめんなさい、セィシェル……スゥ、ちゃんとかえる。かえるから、ライアおにいちゃんとけんかしちゃやだ…!」

「ふん……。おいあんた! ライアとか言ったな? まぁ人攫いにしちゃあ若すぎるし何者か知らないけど、勝手なことするなよ? スズは俺の家で引き取った子だ! ちゃんと親父もいるんだからな。ほら行くぞ、スズ」

 相も変わらず偉そうな口調で話すセィシェルに苛々しながらも、スゥ……スズに視線を移す。

「……でも、セィシェルのパパはスゥのパパじゃないもん…! スゥのパパは、スゥがおりこうにしてたらおむかえにくるもん!」

 涙を湛えながら必死に頑張るスズに心が痛んだ。

「もういい加減に諦めろよ! おまえの父親はおまえのことおいて行ったんだぞ!! おまえは捨てられ…」

「っ…いい加減にするのはお前の方だろう」

 ラインアーサはセィシェルの言葉を遮ると、スズの目の前に膝をついて視線を落とした。
 スズは俯き、必死に声を押し殺していた。そんなスズの姿を目にした途端、ぐっと息が苦しくなった。

「っ…ぱぱ、おむかえくるっていったもん……でも、ほんとうはスゥ、おいていかれちゃったの? …っママも、パパも……もうスゥのこといらないの?」

 スズの綺麗な瞳からは次々と大粒の雫がこぼれ落ちる。
 ああ、せっかく涙が止まったのに───。
 ラインアーサは思わずスズを抱きしめた。また、ふわりと花の様な香りがする。

「……っそんな事ないよ! パパはきっとスゥのこと迎えに来てくれるって! スゥがお利口にしてたら迎えなんてすぐだ」

 もう一度スズのあの笑顔が見たくて、ラインアーサはスズを懸命に励ました。

「おい、勝手なこと言うなよ! そんな無責任なことを言って、もし来なかったら傷つくのはスズなんだぞ」

 セィシェルが再び息巻いて声を上げた。どうやらその口振りからすると、これ以上スズが傷付かない様に敢えて口を悪くしているかに思えた。だからと言って「お前は捨てられた」と言い聞かせる事には賛同出来ない。

「スゥ……お利口にするなら泣いちゃ駄目だ。スゥがちゃんとお家に居なきゃあ、パパが迎えに来た時わからなくなっちゃうだろ?」

 ラインアーサはあやす様にスズの背中を優しく叩き、そう諭す。しゃくり上げながら、縋る様な瞳で見つめてくるスズ。

「……ここにきたら、ライアおにいちゃんに、またあえる…? いっしょに……パパを、さがして、くれる?」

「うん、毎日ここで待ってる。ああ……そんなに泣いたら駄目だよ。ほら、涙が止まるおまじない…」

 そう告げて、ラインアーサはスズのまぶたに口づけをした。
 横でセィシェルが何かわめいているが聞こえない。スズがまたあの笑顔を見せてくれたことで、ラインアーサの胸は一杯になったから。



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