*収穫祭*
核心-1
「───馬っ鹿だなぁ…!! もっとさ、こう上手い伝え方とか言う頃合いってあるだろ!? アーサ、お前本当に不器用だな」
「う…。確かにジュリの言う通り何も反論出来ない。だけど、俺はこの期に及んでもまだ諦めてないんだ…」
早朝───。弱く霧雨が降り、人数の少ない城下の街にラインアーサとジュリアンの声が響く。
「おう、その勢いだぜアーサ!! 今のお前の瞳、少し前のそれよりはずっといいって! この間まで生きの悪い魚みたいな顔してたからな」
「……それは少し言い過ぎじゃあないか?」
「今も大分酷い顔してるぜ? いや、でも瞳は曇ってないから心配ないな」
「悪かったな…。心配かけて」
ラインアーサが頭を下げ謝るとそれを見たジュリアンが肩を竦めた。
「お前に素直になれって言ったのは俺だけどさ、こうも素直だと少し気持ち悪いな…」
「……おいジュリ。お前完全に俺で遊んでるだろ」
「そんな事ないって。俺はアーサ殿下の忠実なる部下。だからな! …っくく」
「……はぁ…。お前に話した事自体が間違ってたみたいだ」
ジュリアンに相談した己が愚かだったとラインアーサは顔を顰めた。
「何怒ってるんだよ、アーサ!」
「別に怒ってない……」
「まあいいじゃん。アーサとスズランちゃん、俺はお似合いだと思うけどな」
「……」
「言い出すのが遅かったとは言え、まだ大丈夫じゃあないか? スズランちゃんも少し驚いただけだと思うぜ?」
「……そう、だといいんだけどな」
少しおどけた態度のジュリアン。それがさりげなく気遣ってくれているという事は知っている。傷心のラインアーサにその心遣いが沁みた。
「で、アーサも恋を知って少しは成長したんじゃあないのか?」
「っ…なんだよ、それ!」
「だってお前さ、俺と昔花街に通ってた頃にだって色恋に興味無さげだったし。旧市街の占いおねーさんとだって割り切ってただろ?」
「……割り切ってた、ね…」
「俺だって一応心配はしてたんだぜ? イリア様の捜索が一番だったのはわかるけどあの頃のお前は無茶苦茶で正直、見てて辛かったからな…」
「……悪かったと思ってるよ。あの頃の事は自分でも反省してるつもりだ…。その旧市街の……ヴァレンシアにも当時は物凄く説教されたんだ」
「そうそう! あのめちゃくちゃ美女、ヴァレンシアさんね。そうだろうな、あのヒト割とお前に本気だったもん! お前は気づいてなかっただろうけど」
「っ…うう…」
「その癖ちゃっかりしてるもんなぁ。まだ会ってんのか? お前って悪い男だぜ! ……なんてな」
ジュリアンがにやりと横目で鋭い視線をよこす。図星を指され口ごもるラインアーサ。決まりが悪くなり話題の矛先を変える。
「……ジュリこそまだ通ってるのか?」
「あん…? 話を逸らしたな? ふふん。俺は最近ちょっと気になる子がいるから花街通いは卒業したぜ!」
何故か得意げかつ、嬉しそうに話すジュリアンに溜息をついた。
「その台詞、今までに何度聞いたことか…」
「まあまあ。恋って楽しいだろ~? 相手のことを考えるだけで幸せな気分になってこないか?」
「俺は…。苦しくなる。今も苦しい…」
昨晩の別れ際。スズランを泣かせてしまった事を思い出し胸が軋む様に痛んだ。
「呆れるくらい不器用なんだな。恋なんて駆け引きなんだから楽しまないと勿体無いぜ! そんなしみったれた顔するなよ!」
「不器用でも何でも、俺は…」
「好きなんだろ? スズランちゃんの事」
「……好き、なのかな。ただ……守りたいし悲しませたくない。それに嫌われたくないと思う。いや、嫌われても構わないから側に、居たい…。本当、もう格好つかないな」
「完全に重症って訳か…」
「重症で悪かったな! 情けない話、自分でも驚いてるんだ…。今までこんな風に他の誰がが気になった事なんか無かった。自分がこんなにも欲深いなんて思って無かった…!! こんなの…」
格好悪い。
いや、それでも本音を晒してしまえば誰にも邪魔の入らない所でスズランを独り占めしてしまいたいのだ……。しかし、それは叶わない事だと解っている。
「そんなの普通だぜ~? 誰だって好きになったらその相手のことを独占したくなるって!」
「……そんなものなのか…?」
「そんなもんだろ! ……だからこんな物騒な事件早く解決させようぜ!! そしたらお前はもう一度ちゃんとスズランちゃんに話すといい。で、今の気持ちをそのまま伝えれば上手くいくんじゃあないか?」
「……何を根拠にそんな事」
「だーかーらーさぁ! 二人はさ、もうどこからどう見ても両思いなんだって!! ったく、見てるこっちがやきもきするぜ。何で本人同士が気付かないんだよ……」
まだ何かぶつぶつとつぶやいているジュリアンを尻目に、ラインアーサは掌で口元を覆い隠した。傍からはそんな風に見えていたのかと思うと今更ながら羞恥で顔に熱が集中してしまう。
そんな会話をしながらも二人は街の様子を巡回した。
「───よし。街中見回ったけど、特に異常無し!! ……じゃあ、行くか」
「ああ、そうだな……」
ラインアーサはヴァレンシアから受け取った小さな用紙を懐から取り出し広げる。用紙には事件の犯人とおぼしき輩が隠れ屋にしているであろう建屋が書き示してある。
旧市街の再奥に位置する崖下。そこには取り壊すのさえ忘れ去られた古い廃屋敷がひっそりと立っている。国側で取り壊す予定はある筈なのだが、なかなか手が回らずに現在まで放置してしまった様だ。
「……あの古いお化け屋敷か。昔アーサと俺で、肝試し~! とか言って勝手に遊びに行ったことあったよな?」
「懐かしいな。俺もその時以来だ……」
「あそこはここからだと結構かかるぞ? それに、本当に俺たち二人だけで大丈夫なのか?」
「あまり大勢で出向くと目立つ。それに他の警邏隊には各地区を巡回してもらわないと…。何があるか分からないからな」
「まあ、そうなだな! でも念のためエミリオの隊にはその周辺とペンディ地区を固めてもらう手筈だ」
「そうしてくれると助かる」
ラインアーサの身を案じ、しっかりと作戦を立てているジュリアン。
ラインアーサは一つの物事に特化して集中出来るが、そのまま勢いに任せ猛進してしまう様な所がある。対してジュリアンはいくつか策を練り慎重に事を運ぶ。集中には欠くとも視野が広いと言える。そこは古い仲だ。互いによく分かっている間柄。
「おっと、そういやハリは? お前の側近だって言うからには、てっきり今日も着いて来ると思ってたけど?」
「……ああ。ハリは少し気になる事があるらしくて……。今日は王宮で待機してもらってるんだ」
「へえ、珍しいな」
前方のペンディ地区へ続く坂道に差し掛かった所で、坂の下から見覚えのある男二人組が登って来た。その二人組の話す内容が耳に届くなりラインアーサは歩みを止めた。
「っ…兄貴~! 今度こそ絶対に失敗出来ないっスよぉ!」
「っるせぇっ! 標的はもうあの小娘ってわかったんだ、今日こそあの酒場から引っ張り出してやるさ!! なあに、策は考えてある。もうすぐその時刻だ、急ぐぞ……」
以前、街でスズランに絡んでいた輩だとひと目で分かった。そして今しがた耳に飛び込んできた言葉。
標的∞小娘∞酒場
もはやそれだけでラインアーサの身体は勝手に動いていた。
「おい…。今何と言った…!?」
すれ違い様の隙をつき一人の男の腕を掴み上げる。
「ひぃっ?! 何だよあんた…!?」
「てめぇ…… 俺の連れに何してやがんだァ? ぁあ!?」
威勢良く息巻くも二人組はラインアーサの顔を見るなり目を見開く。
「ひっ、こいつあの時の…」
「……ってめぇはこの間の…!!」
だがそんな事よりも話の内容が聞き流せる物ではなかったのだ。
「お前たち。今何を話していた…?」
ラインアーサは手に力を込めた。
「っ痛っててて! ぁ、兄貴! 早く助けてくれよぉ!! 腕があぁっ…!」
「おいアーサ。こいつらまさか!」
「ああ。以前街でスズランを…」
ジュリアンに目配せをし、そこまで言いかけると同時に兄貴分の男が口を挟む。
「アーサだと…!? ちっ、その顔ツラ思い出したぞ……お前っ、この国の王子だろ…。道理で見たことがある訳だぜ」
「へ? 王子って、、あのアーサ王子っス? だとしたら俺たちヤバくねぇっスか? 兄貴ぃ!」
「質問に答えろ…! 今話していた内容を詳しく話せ!!」
低く唸る様に再度問うも、兄貴分の男はにやりと笑みを浮かべた。
「はっ…! てめぇが王子だろうが二度も邪魔させねぇ、あの小娘はいただくぜ…。そして今度こそ手柄は俺らのモンだ…」
「その手柄ってのはまさか…」
「ああそうだ…! あの酒場の看板娘さ。端からあの小娘を連れてけば大正解だったんだ! 誘拐事件だ何だと騒ぎになねぇで一発で任務完了だったのによ…」
「っ…!! 何故あの娘を狙う!?」
「知るかよ! 俺たちはそう指示されてるだけの事…」
手柄や任務など組織を匂わせる言葉が気にかかる。男の口ぶりからして、やはり今回の事件との関わりがあるようだ。
「……ジュリ!」
「ああ!!」
ラインアーサの目配せでジュリアンが動く。ジュリアンは兄貴分の男の腕を拘束し、見るも鮮やかに地面へとねじ伏せた。
「っなに、、しやがるっ…!! 離せ、このっ!」
「お前たちはこのまま警備隊のジュリアンが王宮まで連行する! 観念するんだな」
「兄貴ぃ……や、やばいっス~!!」
「くそっ! 何なんだよ!! 俺たちの邪魔ばかりしやがって…っ離しやがれ!」
「こら暴れるな! 詳しくは王宮で聴いてやる。ほら立て!!」
ジュリアンは素早く二人組に拘束術をかけると警備隊の規則に従い手際良く行動をとる。
「俺ら捕まっちゃったっスよぉおお! どうするんっスかぁ~~兄貴ぃい」
「……黙ってろ、エヴラール…!」
「……?」
何故かやけに大人しくなった男に不信感を抱く。
「ペンディ地区入り口付近にて怪しい男二人組を捕獲っと! アーサ。俺は一旦王宮に戻ってこいつらを今回の事件の重要な参考人として尋問するがアーサはどうする?」
「……ああ。俺も立ち会う」
「そうだな、例の廃屋敷についてもなんか知ってるだろ」
だがそこで兄貴分の男が唐突に喉を鳴らす。
「何がおかしい…!」
「くくっ! 俺らを捕まえたって無駄だと思ってな! てめぇらの望むものは何も出てこないぜ? ……それにもう遅い。あの小娘はもうじき…」
「……どういう事だ!?」
その瞬時。
ラインアーサが以前酒場に張った結界に、ざらつく手応えを感じ取り息を呑む。
「!!」
「アーサ!?」
「ジュリ! その二人を頼む……。スズランが危ない!!」
言うなりラインアーサは霧雨で湿った石畳みを蹴り、走り出す。感じ取った手応えはスズランが結界の外に出た時のものだと推測できる。ユージーンもセィシェルも、もう決してスズランを酒場の外には出さない筈だ。ただの間違いならばそれで良い。しかしラインアーサの不安は酒場に近づくにつれ膨らんでゆく。
「っ…守るって決めたんだ!!」
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