俺にキスしろ | ナノ
10
「キス、してもらえたんだ?」
あれから一週間程あの部屋に閉じ込められた。だけど、俺はどうしても大学は卒業したかった。それを伝えれば、根は優しい正樹は渋々と了承してくれた。
久し振りに出た外に、感動することができなかったのは、もう俺が一番欲しかったものを手に入れてしまったから。
声をかけてきた本間君を振り返れば、一度目を丸くしたあと、面白そうに言った。
「…どうして」
「どうして分かるかって?いや、分かるよ、だって今の前田くんの唇」
まるで薔薇の花弁みたいだ。
驚いて口元に手を持っていくと、本間君がケラケラと笑い出した。それに眉を顰めていると、後ろから足音が聞こえて、すぐに長い腕が俺の身体を抱き締めた。
「おい、もう蓮に近付くなって言っただろ」
「あー怖い怖い。じゃあ俺はもう行こうかな、じゃあね、前田くん。捨てられたら俺んとこ来なよ」
「早く行け」
フラフラと手を振って歩き出した本間君をぼんやりと見ていると、頭を撫でられた。
「蓮、もう帰ろう」
俺が大学にいく条件というかなんというか。俺の家にあったものは全部、一人暮らしの正樹の家に移された。これから友人と飲むときは、アイツの部屋で飲むのだろうか。いや、もしかしたらもうそれもないかもしれないと、俺の腰を抱く大きな手を見ながら思った。
心配性な友人にはまた今度メールしておこう。
常識、モラル、何が正しくて何が間違いなのか、俺には分からない。だけど、人生ってそういうものだろ。それなら俺は、この美しくて愛しい人だけに見惚れて死んでいきたい。
腰に宛てがわれた手を握って、隣を歩く彼を見上げて微笑めば、綺麗な笑みが返ってくる。
「うん、帰ろう」
そして、たくさんキスをしよう。
back|bkm|next