俺にキスしろ | ナノ
7
用があるのは俺の方なんだけど、着いて来てと言われて本間君の後を歩いて辿り着いたのは前にも来た物置きと化した空き教室。
楽しそうな、カンに触る表情を浮かべて、どかっと雑な仕草でソファに腰掛けた本間君。少し迷って、少し距離をあけて隣に座った。
あはは、と笑い声が響いて眉を寄せる。
「…なに」
「あは、そんなに警戒しなくてもよくない?」
「…、」
せっかくあけた距離を詰めてきた本間君に文句を言いたかったが、これから話す内容で有利なのはこの男の方なのでぐっと我慢してため息を吐くことでやり過ごす。
そんな俺の心情を悟ってか否か、どちらにしろ腹立たしい程暢気な調子で鼻歌を歌いだす本間君。
「あのさ」
「うーん?」
俺は彼のペースに巻き込まれまいと、さっそく本題に入ろうと声をかけると、首を傾げて続きを促してきた。
「古谷君について教えてほしい」
「まーた古谷?」
わかってた癖に、あからさまにつまらなそうな顔をされては腹が立つ。それでも表情は変えずに教えてほしいのだと頼むと一つため息を吐いてから本間くんが続ける。
「前田くんさぁ…今日古谷と会うんでしょ?」
「えっ」
「あはは、いいよ隠さなくて。あいつも今日機嫌良かったからすぐわかったし」
「は…?」
古谷君が、俺と会うから機嫌が良いなんて、そんな都合の良いことあるわけないだろ。
だって俺は数あるうちの一つだ。食堂で会った中江くんたちの中の一人。
いや、違った。俺は性欲処理の相手にはなってもキスはしてもらえないんだ。彼らにも及ばない。
「…まーとにかく、そんなに気になるなら今日ベッドの上で聞いてみればいいじゃん」
「なっ…!」
「何回もセックスしてるんでしょ?もしかしたら俺よりも前田くんの方が話してくれるかもよ?」
「ふざけんな!!」
頭に血がのぼるのを感じながら、気がつけば本間くんの胸倉を掴みあげていた。
「俺がまともに相手にされてないことくらいわかってんだろ!」
「ちょ、揺れるっ」
「それなのに…俺に、どうしろってんだよ…」
すぐ目の前に本間君がいるのに、気にしている余裕もなく、溢れてきた涙を止めようと必死に深呼吸しようとしても、次から次へと嗚咽が漏れる。
「うぅっ…」
「前田くん…」
今ここにいても無駄だと考えて、日を改めようとここを去るために握っていた本間君のシャツから手を離して瞬間、視界が回った。
「ひっ…ぐすっ…ぁ…?」
「あーあ、泣いちゃって…」
「な、に…」
「かーわいい」
柔らかい感触を背中に感じて、ソファに押し倒されたんだと気が付いた時にはもう、視界は心底楽しそうに笑う本間君しかいなくて。
「や、やだっ」
「あは、そんなにキスしたいならさぁ…」
本間君の髪が額に垂れてきて、顔を逸らそうとしても片手で顎を固定されて動かない。
その間も本間君との距離は縮んでいって
「俺としよーよ」
「やめっ」
「深ーいキス」
「やっ、ぁ、ンぅ…!」
ついに楽しそうに笑う唇が、俺のそれに重なった。
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