その青色に包まれて | ナノ
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人は何故、この見上げた青を空と呼んだのだろう。

専門的な意見とか全くわからないけど、俺が空と名付けた最初の人だったならば、それは空には星がないからだ。遠すぎる星は空の天井に張り付いているように見えるが、空である部屋には星は存在しない。そもそもどこまでが空なのかなんて分からないが、星のあるところまでいってしまうと、そこはもう空というより宇宙である。星を持たない空は余した空間で地球を包んだ。もっと言うと、出来損ないである俺を、優しく包むのだ。


「なぁ村上〜、お前、穂乃香ちゃんと最近どーよ?」
「げ、なんでお前が穂乃香のこと知ってんだよ」

横から聞こえた声は楽しそうだった。美術の時間、『自分の世界』というテーマを与えられた俺たち生徒は、各々が画用紙と向き合ったり友達と駄弁ったりしている。そして俺は駄弁る相手がいないので、真剣に画用紙に向き合う派だ。自分の世界とはまた、アバウトなテーマを与えたものだ。俺はそれを良いことに、下絵もそこそこ、画用紙に青い絵の具を塗りたくった。
 

勉強も運動も出来ない俺だけど、唯一、絵を描くことは好きだった。

きっかけは、俺が小学三年生の頃。俺は毎日のように兄に遊んでくれとせがんだ。小学三年生といえば、友達と外で鬼ごっこをしたり謎の冒険をしたりして元気に遊ぶものだが、当時から友達と呼べる存在がいなかった俺は、友達の役割を兄に求めていた。まぁ、相手をして貰えた試しは無かったのだが。それもそのはず。俺と兄は6つも年が離れている。価値観ややりたいことなどはまるで違った。

そして受験期に入っていたらしい兄。勉強をしなくてはならないのに、何も知らない顔で引っ付いてくる俺は心底邪魔だったに違いない。兄は以前よりも俺に冷たくなった。だがそんなこと、幼い頃から馬鹿な俺は気が付かない。

ある日、俺はいつものように兄の部屋に遊びに行った。

『にーちゃん、遊ぼ!』
『イツム、俺勉強してるんだけど』

鬱陶しげにそう言った兄は、俺に画用紙と筆と一色の絵の具を渡してきた。『これをやるから、俺の部屋に入らないで』と。

渡された絵の具は新品だった。間違えて余分に買ってしまったらしい。
その色が、原色の青だった。

自分の部屋に追い返され、母親からも兄の邪魔をするなと怒られたが、その時の俺は妙に機嫌が良かった。理由は単純で、その青色の絵の具は、兄が初めて俺にくれたものだったからだ。もともと絵の具セットは兄弟で共有していたので、画用紙や筆は俺のものでもあり、兄のものでもあったが、その絵の具は違う。兄がくれた、俺のもの。

兄は俺を疎ましく思っていただろうが、俺は兄を尊敬していたし、大好きだった。何も出来ない、知らない、困ったちゃんな俺に対して、兄は頭が良かった。親も兄のテストが楽しみで、授業参観なんて、鼻高々。おまけに顔も良くて、運動も出来て、誰からも好かれる。そんな彼は俺の自慢の兄だった。


青色の絵の具を握らされた俺は、早速部屋に篭もり、窓の外に見える空を描いた。他の絵の具と混ぜ合わせてしまうのが勿体無い気がして、その日は兄から貰った絵の具しか使わなかった。

水と一色の絵の具で表現された空を、評価の厳しい両親は目を丸くして褒めた。初めて、何でも出来る兄ではなく、出来損ないである俺が褒められたのだ。その時に感じた嬉しさは俺の身体を震わせるほどだった。嬉しすぎて鳥肌がたった。

その日から、俺は執拗なまでに空の絵ばかりを描いた。

空の絵ばかり描いていた俺は必然的に、中学に上がったと同時に、美術部に入った。割と自由な部活だったので、そこでも俺は空の絵を描いた。今度は貰った青色だけではなくて淡かったり濃かったりする色も混ぜて、俺の空を作り上げた。 
その姿は一心不乱過ぎたのか、部員は俺を近寄り難い存在と認識し、それが伝わりクラスメートからも声をかけられる事が少なくなった。学生の集団意識は恐ろしい。没個性を恐れそれぞれ自分を確立させようと藻掻く傍ら、周りから浮いてしまうことを恐れ、見つけ出した自分だけの鎧を着て、皆で回れ右をするのだ。結局は、没個性。その中で回れ左をしたり、そもそも動かなかったりする者を、人は不良や変人と呼ぶ。

集団意識に欠け、周りに馴染めなかった俺は、今度はその寂しさを埋めるようにさらに画用紙を青に染めることに没頭した。今思えば、完全に負のサイクルであるのだが、当事者は気付けないものである。


「で?で?その後は?」
「ショッピングモールでペアルックのパーカー買った」
「なんだよ!羨ましいなぁ!このこの!」
「うわ、やめれ」

男同士で恋バナというのもあるのか。俺はしたことがないが、こうして盗み聞きしている分には、とても楽しそうだ。彼氏である村上くんも何やら満更でもなさそう。

彼氏と彼女が、お互いがお互いを好きで、同じ時間を共有して、お揃いのものを買って、笑いあって、手を繋いで、お互いを大切にする。

素敵だとしか言いようがない。

いいなぁ。思わず呟きそうになった声を飲み込んで、また画用紙に青を乗せた。


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