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夕陽が綺麗ですね(立向居)


「もう秋かぁ、」

ミーティングが終わってポツリとみょうじ先輩が言った。

「気が早いぞみょうじ。」
「毎日暑いもんね。」
「もうすぐ9月も下旬なのになあ」

グデっと汗を滴らせて項垂れた他の先輩たちはパタパタと手で顔を煽っている。髪の毛が一本揺れる程度の微風には意味がないように思える。俺はグローブをうちわ代わりに扇ぐと中途半端な風が汗に濡れたこめかみを冷やした。

「涼しいのがいいけど寒すぎると人肌が恋しくなるからねえ。」
「なんだみょうじ、お前彼氏欲しいのか?」
「青春真っ盛りの今欲しくない聖人なんているはずないでしょ。」

みょうじ先輩はうちわを揺らしながら言った。プラスチックの折り畳みのうちわが扇がれるたびに先輩の髪を大きく揺らす。揺れた髪に心が擽られるようなむず痒い感覚。俺は胸を抑えながら先輩を見つめ続ける。

「...てかみょうじって好きなやついるの?」
「えっ...」

筑紫先輩の突然の質問にみょうじ先輩の動きが止まった。一方の俺の方も質問を振られてないのにドキッとした。そんな間にもみょうじ先輩はみるみるうちに頬を赤らめてパチパチと瞬きを繰り返した。

「いっいっいるわけないじゃない!」
「今の一連のお前を見てその言葉を信じるやついねーよ。」
「だからいないってば!」
「おい、筑紫やめろ。」

真っ赤な顔で否定を続ける先輩と面白おかしそうにニヤニヤとする筑紫先輩の間に割って入ったのは戸田キャプテン。流石はキャプテンと俺は内心ホッとした。だってみょうじ先輩の口から好きな人が吐きだれてみろ、俺の芽生えたばかりの新芽が成長することなく潰されてしまう。大きくなることも花咲くことも許されず消え去ってしまう。みょうじ先輩は追求を逃れたことに安堵しているのか小さく溜息をついた。
...でもそれは束の間だった。

「みょうじ筑紫には言えなくても俺になら言えるだろ?」
「は?どうしたんですか戸田キャプテン。」
「マネージャーもチームの一員だ。俺にはケアする義務がある。」
「いやケアとかいらないんで、余計なお世話なんで。」

まさか戸田キャプテンが乗っかるとは思ってなかったようで先輩の表情に焦りが見え始める。外野の筑紫先輩も今俺等四人しかいないから言っちゃえよ!と先輩を問い詰めている。そう、いまこの部屋には一年を代表した俺とマネージャーのみょうじ先輩、そして二年の戸田キャプテンと筑紫先輩しかいない。ノリノリの先輩二人になす術のない非力な後輩、この状況でみょうじ先輩は完全アウェーな状況にいた。
好きな人がいる、いない、の応酬を繰り返す三人の姿に非力な後輩である俺はどうすればいいのかと苦笑いを溢す。すると急にみょうじ先輩がこっちを向いた。正面から見た先輩の顔はやっぱり真っ赤で照れているのか鼻と口を手で覆っている。

「立向居助けて!」
「えっ、あの...」

先輩はそう叫ぶと俺の座る椅子の後ろに隠れた。突然のことに驚きながらも背後に、すごく近くに先輩がいるという事実に心臓が高鳴っていく。

「こらみょうじ、立向居に縋るな。」
「白状すれば済む話だろ?」
「だからしないってば!しつこい男はモテないんだから!」
「...こんなことするのなまえ限定だぜ?」
「全く嬉しくないわそんな限定。あと名前で呼ぶなナルシスト!」

ビシっと俺の背後から畳んだうちわを突きつける先輩。ヒュっと俺の服を掠めたそれは筑紫先輩を真っ直ぐに指していて表情こそ見えないが必死さが伝わってくる。まるでピストルでも構えているみょうじ先輩に筑紫先輩はお構いなしという感じで引く様子は一切ない。


「おいお前たち、ミーティング終わったか?」

ピストルの引き金を引く一歩手前だった。戦場に降り注いだ監督の声は遠い空の上から降ってきた神の声に思えた。俺たちをみた監督はなにやってんだお前らと眉を潜めていった。

「遊んでないでミーティング終わったなら帰れ。日が落ちるのも早くなってるからな。とくにみょうじ、一人で帰るんじゃないぞ。」
「...はーい」

やはり監督は神では無かったらしい。もっとも戸田キャプテンと筑紫先輩にとっては神かもしれないが。これは帰り道で休戦した戦争が再開されそうだ。

「みょうじ観念するんだな。」
「ふーんだ! ずっと立向居にくっつくから大丈夫だもん!!」

俺に先輩がくっつく...もちろんそういう意味じゃないのはわかっているけど僕を抱きしめる先輩を想像して顔が熱くなる。

「あれ、立向居どうしたの?」
「へっ...」

正面に回ってきた先輩が俺の顔を見て不思議そうに首を傾ける。

「顔真っ赤だよ。」
「へっ...!!」

しまった、俺は赤面症だった。先輩の言葉に変な妄想してしまったのがバレないだろうか。頭の中を見透かす能力なんて無論持ち合わせていないだろうみょうじ先輩を目の前に無駄な焦りが生じる。それと比例して俺の頬は熱くなっていく一方だ。
ああ本当に今年の残暑は厳しいですね。サラッと笑顔の一つを浮かべて言えたらよかったが生憎土壇場での危機回避能力が俺は乏しいらしかった。それとも目の前にいるみょうじ先輩限定だろうか。
こちらをじっと見つめる先輩は何を考えてるのか、粒らな黒目からそれを読み取るのは困難を極める。寧ろその瞳に俺の心が映し出されそうだ。実に心臓に悪い先輩の眼差しから目を逸らせないでいるとニヤッと先輩が笑った。

「筑紫、戸田、立向居どうやら風邪みたい!!だから先に二人で出るね!」
「おい、ちょっ...!!」
「いくよ立向居!!」
「え、あっはい!!」

俺の腕を引いて先輩は部屋を飛び出した。後ろから二人が抗議の声を上げているけど先輩は素知らぬ顔で部屋を後にする。引かれる腕が、先を行く先輩の後ろ姿が、揺れるスカートが、全ての要素が俺を熱くする。先輩の手に掴まれた手首から競り上がってくる鼓動が体中に響き渡る。酸素をまともに摂取できないくらい苦しくて吐き出された息は砂埃が小さく舞うグラウンドに散っていく。

しばらくして校舎の下駄箱に到着すると先輩はハアと息を吐いた。

「もう筑紫も戸田も悪ノリがすぎるんだから...」
「あっあの先輩、手...」
「えっ、あっ!ごっごめんね!!」

先輩は驚いた顔で弾かれたかのように俺の手首を放した。締め付けから解放されて正常に流れ出す血液に名残惜しさを感じる。

「立向居がいなかったら二人を撒けなかったよ。ありがとね。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「全く私の好きな人を知ってどうするのって思わない?」

呆れたように俺に言った先輩。そうですね、みょうじ先輩の言う通りです。先輩はきっとこの答えを望んでいる。戦場を共に抜け出した俺に労いの言葉を求めている。

「...あの先輩、」
「なに?」
「俺も気になりますって言ったら怒りますか?」

聞いた瞬間玉砕、それは分かっていたしさっきの俺はそれをひどく恐れていた。でも一度気になってしまったものは仕方がなくて芽生えた好奇心を抑えようがなかった。戦友であった俺は先輩を裏切ってしまったのだ。出来た後輩じゃなくてすみません、と心の中で謝罪をする。
先輩は虚を突かれたといった様子で綺麗な二重の描かれた瞳を大きくした。

「たっ立向居まで...」

先輩は額に手を当てて深い溜息をつく。しまったと途端に後悔した。先輩に溜息をつかせてしまうなんて俺は馬鹿なのか。アワアワと何も言えずに心中焦りに駆られていると先輩が口を開いた。


「...立向居なんだけど。」
「へっ...?」
「だっだからすっ好きな人...立向居なんだってば。」

先輩の言葉に俺は目を見開いて先輩を見た。先輩の頬が紅いのはきっと夕日に照らされたせいじゃない。ドキドキと高鳴る心臓のせいで息が詰まって言葉が出てこない。そんな俺の元へ先輩は一歩踏み出して俺の頬を触った。


「そんな顔されたら期待しちゃうんだけど。」

そんな顔とはどんな顔だろう。鏡に映さないと今自分がどんな顔をしているか分からない。

だけど頬の色はきっと目の前ではにかむ先輩とお揃いだ。