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30デニールを裂いた日(綱海)


時間軸はFFIアジア予選です。


「ヒャッホーい!!海だぜ!!!!」

273と書かれたサーフボードを脇に元気に砂浜を駆け回る綱海。下に元々水着を履いてきていたみたいで私の腕には昼ごはんとか諸々入った保冷バッグと奴の脱ぎ捨てた衣服、更に適当に刺しといてくれ!と言われて担がされたパラソル。


「あんの馬鹿海男め...」

忌々しく能天気男に対して呟きながら私はここに来るまでの経緯を1人で思い出す。

世界へ向けて日々練習に勤しむ選抜メンバーたちは簡単に家に帰ることはできない。それは地方メンバーだと尚更で故郷を離れて生活するみんなは故郷の料理や旧友、家族に想いを馳せる日々を送っている。特に綱海はそんな想いが(といっても海に対しての想いだけど)人一倍強く、海が恋しいとことあろうごとに口にしていた。そんな彼に練習が丸一日休みという千載一遇のチャンスが到来し、綱海は海へ行くぜ!と物凄くはしゃいでいた。そんな海男の綱海とは対照的に美白女子が至高と謳われる現代に生きる私は海が嫌いで海海と四六時中うるさい彼に冷ややかな視線をよく送っていた。なのに何故今私はここにいるのか、それは綱海に強引に約束させられたからである。彼の大好きな海でも引きがあるのに綱海に引くという言葉は存在せず何故かターゲットにされた私はしつこく繰り返し海へ誘われた。マネージャーにも平等に与えられたお休みに何が楽しくて嫌いな海に行かないといけないんだと海が嫌いだと繰り返し言って全力で拒否したけど聞く耳を持たず、最終的に私は海へ行くのを承諾してしまった。しかもいつのまにかお弁当の準備まですることになって今日は朝から死にそうな思いをした。

身勝手な綱海の行動の数々に殺意を覚えながら重い足取りで白く輝く砂浜を横断する。朝の海は涼しくて爽やかな潮風が薄手のパーカーを揺らす。けれど陽射しは容赦なく私を照らし上げその眩しさ目を細めた。ジリジリと火を浴びる唯一露出した脚は日焼け止めを施した上にストッキングを履いているからUVカットは完璧だ。朝一番だからなのか全くと言っていいほど人の居ない浜辺で頃合いのいい場所を見つけるのは容易くて私はパラソルを刺してシートを敷くとその中に入った。オレンジ色のシートにくっきり映る影と光の境界線。光サイドには是が非でも行かまいと私は身を縮めた。
三角座りでふと海の方を見ると綱海が気持ち良さそうに波に乗っている。生き生きとした様子が少し離れたここからも顕著に伺えて元気すぎる綱海になにを思ったか口許が勝手に緩んだ。

(仕方ない男だな、ほんと。)

そんなことを思っていると段々と狭まっていく私の視界。お弁当つくるために早起きしたしなんだか眠くなってきてしまった。重く沈む瞼と微睡みに身を任せると私の意識は一気に飛んでいった。


「ほれ、」
「ん...?」

口元に当たるヒンヤリとした感触。無意識に口を開くとザリっとした冷たく甘い粒が口の中に広がる。与えられた冷たさが身体じゅうに巡って頭が覚醒していく。あ、食った、なんて愉快そうな声がまだ靄のかかった意識を持つ私の耳に入ってきてゆっくりと瞼を上げると綱海がスプーンを咥えて笑っている。

「おはよ、ねぼすけ。」
「ん..。私寝てたんだ。」
「ぐーっすりな。海でこんなに寝れるなんてすげーよ。」

嫌味にも受け取れる言葉だけど綱海は笑顔を絶やさない。いつものように他意はないんだろうと思って欠伸をしてクーと身体を伸ばす。変な寝方をしたせいか首が痛い。それに汗もかいているみたいだ。いくら日陰だといえど暑さをすべて遮ることは不可能らしい。首を回して薄くかいた汗を拭き取りながら足元に目を向けると光が大分とこちらに迫ってきていた。確かに寝すぎたというかよくこんな場所で長時間寝れたな自分。

「俺腹減っちまった。」
「確かにそろそろいい頃だね。」

携帯電話を開くとデジタル時計がお昼前の時間を指していた。さてお弁当の準備しようかと思った矢先綱海のかき氷が目に入る。光側にいる綱海が頬張る青に染まったかき氷は太陽の光を浴びてキラキラ光っている。まるでサファイアのようなそれに喉の乾きを感じて綱海にちょうだいと言った。

「いいぜ、ほれ。」

綱海は氷を掬ったスプーンを目の前に差し出す。いや自分で食べれるし、と言ってスプーンを引ったくった。

(...間接キス)

じっとスプーンを見つめながら私は思った。なにさっきも綱海に無理矢理口に入れられたしこの男は海の広さが云々言って全く気にしてないだろう。ジワジワと少しずつ形を崩していくスプーンの上の氷を見つめたままでいると食わねえの?と綱海が首を傾ける。

「たっ食べるよ。」

そう返事をして私は唇と舌にスプーンがつかないように氷を口に含んだ。口を開けてスプーンを傾けると氷が舌に滑り落ちる。ザラッとした氷の粒が段々と溶けていって溶け切る前に私は喉に流し込んだ。

「変な食い方。」
「これが正しい食べ方だよ。」
「嘘つくな。」

ヘッと笑うと綱海は私からスプーンを受け取って再びシャクシャクとかき氷を頬張った。

「頭痛くなるよ。」
「俺は痛くならねえ体質なんだっ...いってえ!」
「言わんこっちゃない。」
「とっ都会の氷は恐ろしいぜ...」
「さすがにそこは都会とか関係ないでしょ。」

未だ頭を抑える綱海を尻目に私は笑いながら保冷バッグを開いて少し早めの昼の準備に取り掛かった。


「うめー! 料理うまいのな!」
「ありがとう。」

私が作ったお弁当を綱海はうまいうまいと言って食べ進めていく。いつも何を考えているのか顔を見れば分かる目の前の男の顔には笑顔がある。そしてそんな彼の言葉はいつも素直で直球だ。綱海はそういうやつだから美味しいという言葉はきっとお世辞ではないんだろう。そもそもお世辞を言えるかどうかすら怪しい。そう思うと綱海の言葉に対して嬉しいという気持ちが増幅してくる。


「飯も食ったことだし海はいるよな??」

奇麗に空になったお弁当箱に心が満たされた気分で片付けをしていると綱海がさも当たり前だといったような口振りで言った。

「え、入らないけど。」
「え... えぇー!?」

私の発言に相当驚いたようで後ろに仰け反った綱海。そんな彼に第一水着持ってきてないし、髪ベタつくし海水塩辛いし、と一つ一つ指で数えながら言った。

「あんたに誘われたときから言ってるけど私嫌いだから。」

海、嫌いだから。

極めつけの言葉に綱海は押し黙った。ノリの悪い女だと思われただろうか。でも海に行くと誘われてからずっと海が嫌いと言い続けていた私を無理に誘ったのは綱海であって責められる筋合いはない。じっと俯いた彼を見ていると急にスクっと立ち上がった。よしよしそのまま気が済むまで一人サーフィンに勤しんでくれたまえと心の中で呟いていると急に屈んだ綱海に手首を掴まれた。すごい力で私を引き上げるとズンズンと光の方へ向かっていく。

「ちょっ、綱海!!」

日光に照らされた砂浜に連れ出されると容赦ない光が私に降りかかる。光の眩しさに目を凝らしている間も綱海はドンドン進んでいく。厚さ30デニールに守られた脚がジリジリと焼けていく。しかもシートの上にずっと居たからサンダルを履いておらず足の裏が焼けそうに熱い。ほんと勘弁してほしいと強い力で握られた腕を振り解こうと必死になりながら綱海の名前を呼ぶと振り返って口を開いた。


「なまえ、お前が海を嫌うなら、」

俺が好きにならせるまでだ!!

ニカッと大きく笑った綱海に心臓が大きく鼓動を刻む。照らされた浅黒い肌に風に乗って揺れる豊かなピンクパールの髪。太陽に照らされた彼があまりにも眩しくてブワッと全身に謎の熱さが広がる。表面的な暑さじゃないなにかが内側から急激なスピードで広がる。
言い返す言葉を失った私は俯いてただただしなやかな筋肉のついた背中をただただ見つめることしかできなった。ズンズン進んでいく綱海にされるがままになっているとついに海に到達した。湿った砂を通り過ぎて足首が水に浸かる。30デニールの薄皮に包まれたふくらはぎ、さらに膝が海に飲まれていく。浅瀬ではぬるく感じた水も膝辺りから冷たくひんやりしていて綱海に手首を離されたと同時につい口から言葉が漏れた。


「...気持ちいい。」
「だろっ!!」

ニッと綱海は得意げに笑っている。なんだかムカついて腕を捲くって水を掬うと綱海にぶちまけた。キラキラと塩水が空中で舞う。デパートにあるジュエリーの宝石なんかよりずっと儚く眩しいほどに輝いていている雫は重力に従って海に戻って行く。

「おまっ...! 俺に勝てると思うなよ!!」

バシャっと手のひらで水面で弾いて水をかけてくる綱海に負けじと応戦する。濡れたくない、焼けたくない、塩辛い、そんなの気に留める暇は無かった。焼けたら後悔するだろうしこんな遊びをしていたら身体が臭くなるし髪だってパサつく。けど今はこの海から、綱海と一緒にいる海を出たいとは思わない。


「うりゃっ!!」
「ちょっ!目に入るって!!」
「なーに死にゃしねえよ!!」

実に子供じみた水に掛け合いを私たちは夢中で続けた。私の体力が消耗して気づいたときには中に履いたパンツ以外べっとべとになっていて案の定後悔した。けれど心の中は満たされていた。

その後私たちはは休憩ということで一旦海を出て海の家に向かった。綱海はかき氷の檸檬を私はイチゴ練乳を頼んだ。私たちの注文に人の良さそうなおじさんは優しく笑うとカップをかき氷機にセットした。自動かき氷機から落ちる氷粒は容器に溜まっていく。ガリガリと氷の砕ける心地の良い音に耳を澄ませているとおじさんと一緒に働いているお兄さんが氷が積もった容器に苺シロップを垂らした。真っ白な山の上に降り注ぐドットピンクは白をたちまち染めていく。更にその上にかけられた練乳はピンクのキャンパス上で不規則な模様を描いていた。


「ありがとうございました〜」

各々注文したかき氷を受け取るとゆっくり浜辺を歩きながらかき氷を口にする。口いっぱいに広がる練乳の濃密な甘さと苺の仄かな酸っぱさ。ちょうど2つが合わさって絶妙な味を生み出している。でもこんなにかき氷が美味しく感じるのは大好きなフレーバーなのは二の次できっと綱海に誘われて海で遊んだあとだからだ。

「...ほんと美味しいね。」
「浜辺でかき氷なら何杯でもいけるぜ!」

私が言うと綱海も蛍光色な黄色を頬張りながら顔をほころばせる。ガツガツと食べる綱海にさっき頭痛くなったこと忘れてるなって思って見ていると案の定頭を抑えてもがき出したから馬鹿じゃないのと笑った。
ゆっくりとかき氷を咀嚼しながらふと視線を海に移した。遠征の時に見た沖縄の海には劣るけどエメラルドにどこまでも広がっている水面。打ち寄せる波は砂浜を濡らしては引いてまた濡らしては引いていく。小さな子供が波と終わりのない鬼ごっこをしているのが目に入って自然と笑みがこぼれた。

「今日来てよかっただろ。」
「...そうだね、来てよかった。」

30デニールを脱ぎ捨てた脚で砂を踏みながら私は綱海の言葉に素直に頷く。歩幅を合わせて歩いてくれている綱海は私の言葉に満足げな顔をした。

「まあ日焼けしちまうかもだけど少し焼けたくらいの女が俺は好きだぜ?」

ポンっと私の肩に片手を置いて謎の発言をした綱海に私はあっそ、と興味のない素ぶりをした。ほっぺたがちょっぴり熱くなる。日焼けしちゃったな、とかき氷を頬張る綱海を見つめながら心の中で呟いた。