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王帝月ノ宮に行こうがアレスの教育受けようがアホなのには変わりないです。色々とツッコミどころ満載。野坂のキャラが迷子。



「ここが王帝月ノ宮かぁ...。」

ガラガラとキャリーケースを引く腕の動きを止めて目の前の学校を見る。雷門以上の規模を持った学校の姿に憂鬱な気分になりながらここに来るまでの経緯を一人思い出す。

雷門サッカー部はサッカー強化委員としてマネージャーを含めて全員が全国津々浦々の学校に行くことが決定した。みんなが着々と各自の学校へ行く準備をしている中で私は一人そんなサッカー協会の夢物語に付き合ってられるかと受験を理由に最後まで行くのを断っていた。けれど水面下で話が着々と進んでいたらしく私はなんとあの王帝月ノ宮に派遣されることになった。アレスの天秤とかいう如何にも胡散臭くヤベーことをしている学校だ。某掲示板で見た“[アレスの]王帝月ノ宮を脱走してきたけど質問ある?[天秤(笑)]”というスレッドによるとアニメ、漫画、ドラマはもちろんのことジェンガやトランプ、ウノといった細やかな娯楽まで禁止しているらしい。そんな地上の地獄のような狂った場所には死んでも行きたくないと全力で訴えたけど学校側がいつの間にか両親も説得していたらしく「アレスプログラム受けてその馬鹿な頭を少しはマシにしてきなさい。」とお母さんに言われてしまった。ただでさえ私の成績の転落っぷりに気が立っていたお母さんを狙うなんて卑怯だとお父さんに泣きついたけれど十数年間の夫婦生活で立場が入れ替わったらしくお父さんはお母さんの言葉には基本無条件でYesと首を振る。今回の件でも例外ではなく睨みを効かせたお母さんにお父さんは秒でYesと首を縦に振った。その後「不甲斐ない父ですまない。」と謝られたけどお父さんはお父さん大変なんだと責める気持ちにはなれなかった。

私が居なくなっても頑張ってねマイファーザー...と父の顔を思い浮かべながらセンチメンタルな気分に浸っていると「三宅ユカさんですか。」と私の前に王帝月ノ宮の生徒がやってきた。高い背丈にボリューミーな髪型、そしてボリューミーな身体、おまけに無表情で目が死んでいる。その姿があまりにも高圧的で捕食されるシマウマのような気分でいると「三宅ユカさんで間違いないですか。」と表情を変えず再び尋ねられた。いっけね!ビジュアルが強烈すぎて返事忘れてた。

「わっ私が三宅ユカで間違いないです。」
「分かりました。野坂さんが呼んでいるのでついてきてもらえますか。」
「はい...。」

野坂さんって一体誰だ。先生か誰かだろうかと思いながら大きな彼に並んで歩く。さりげなくキャリーケースを私の手からとって引いてくれているので悪い人ではないと判断してお話をしようと手始めに名前を聞いてみる。すると「西蔭政也、中等部2年です。」と丁寧に学年まで教えてくれた。私が気になってることを先回りして答えてくるなんてアレスはんぱねー...ってえっ!?中学2年だと...!?

「中学2年生!?マジで?」
「はい。何か問題でも?」
「いや、全然2年生に見えないなと思って。」
「そうでしょうか。あまり言われたことないです。」

言われたことないわけないだろ。あれだわ、みんな西蔭くんのビジュアルが怖くて影で言ってるやつだ。西蔭くん中学2年生らしいよ!えーまじ!?留年してんじゃね?!ありえるー!キャハハ!って絶対影で言われてるわ。可哀想に、めげちゃダメだよ西蔭くん...。横にいる彼に対してそんな失礼なことを考えながら歩いていたせいだろうか、道中にあった段差に躓いた。来たばかりの学校で早速躓くなんて先行きが不安だとスローモーションで迫ってくる地面に恐怖を覚えながら思ったけど西蔭くんがそれはそれは逞しい腕を私のお腹に回して助けてくれたお陰で転倒は免れた。


「大丈夫ですか。」

ガッチリした筋肉の感触が服越しに伝わってきてますます中学生じゃないでしょと西蔭くんに対して思った。西蔭くん留年説は濃厚である。

助けてもらったお礼を言って再び並んで歩きながら私は西蔭くんの腕の筋肉を制服の上から触らせてもらった。さっき感じた感触どおりガチガチムキムキでゴリラじゃん...とついポロっと漏らすと西蔭くんはジトッとした目で私を一瞥した。多分ゴリラって言われたのが嫌だったんだろうなと申し訳ない気持ちになったけどそれ以上に会ってから無表情しか見てない彼の表情が変わったことがおもしろくてそこからはしきりにゴリラの話を振った。


「ゴリラの学名ってゴリラゴリラゴリラらしいよ。」
「知っています。」
「ということは西蔭くんの学名は西蔭西蔭西蔭だね。」
「意味がわかりません。」

こんな風にお前の知能指数がゴリラだろと突っ込まれそうな実に馬鹿な会話を一方的に繰り広げる。話を振るたびに西蔭くんは眉を潜めて少し嫌そうな顔をしながらも必ず返事はしてくれた。見た目に反してかなりの良い子である。
そうやって西蔭くんにゴリラについて語っているうちに目的の場所に着いたらしく西蔭くんは足を止めた。


「野坂さん三宅ユカさんを連れてきました。」
「ご苦労だったね西蔭。」

いつの間にか到着していた場所は仄暗く広い空間だった。野坂さんと西蔭くんが言った人物はそんな空間の真ん中に立っていて西蔭くんに労いの言葉をかけるとクルリと振り返った。

「こんにちは、三宅ユカさん。王帝月ノ宮中等部2年の野坂悠馬です。」
「どうもこんにちは。」

振り返って自己紹介をした彼は世の女子がキャーキャー言いそうなビジュアルをしていた。所謂イケメンくんだ。おまけにイケボ。しかし私はそんなビジュアルにもイケてるボイスにも騙されない。だって2年生なのに同じ2年生の西蔭くんに敬語を使わせている。2年生のボスゴリラと名高い(捏造)西蔭くんに敬語を使わせるなんてきっと端正な見た目に反してえげつない本性を隠しているはずだ。そんな勝手な推測を立てているとイケメンくんは私の前まで歩み寄ってきて口元を緩めた。所謂笑っている表情だけど目には光がなくちっとも笑ってない。

「あの日見たとおりで安心しました。」
「あの日?」
「ええ。フットボールフロンティア決勝大会であなたを見たときのことが忘れられないんです。」
「......。」

どうしようもしかして私今目の前にいる野坂くんに口説かれてる?一応目の前にいるのは綺麗な顔を持ったイケメンくんなので少しときめいてしまった。目は相変わらず笑ってなくて怖いけど。そんな突如心臓を襲ったときめきに静まれぇ!と森を納める仙人風に言っていたのも束の間で、その後言葉を続けた野坂くんにトキメキは遠いところへ飛んでいった。


「雷門のキャプテンがみんなに胴上げされてる後ろで鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしたあなたの無様な顔が未だに忘れられないんです。」
「おいこらときめき返せ。利子つけて返せ。」
「利子はお金を貸した時に発生するものですよ。それに勝手にときめきとやらを感じた三宅さんに返すものなんてありません。」
「マジレス痛み入ります。」

全然口説かれてなかったわ。寧ろ貶されたわ。遥々やってきたばかりの学校で年下の男に馬鹿にされたわ。目の前の此奴に比べたら壁山や栗松たちは可愛げあったな。あぁ、みんなに会いたい、みんなでマジカルバナナやりたい。因みに過去行われたマジカルバナナのハイライトはゴーグル→鬼道→マント→鬼道→ドレッド→鬼道→水泳部→鬼道→シスコン→鬼道→影山→鬼道と無限に続いた鬼道弄りだった。あの流れだけで100年分は笑った。因みに鬼道はその場にいなかったけど後に誰かが鬼道にそれをリークしたらしく破茶滅茶に怒られた。私だけが。解せぬ。
そんなことを思い出していると今更だけどよりによって自由の効かない全寮制の学校に私を飛ばした火来校長に対する怒りが沸々と湧いてくる。火来め、お前の首もいつか飛ばしてやるからな。


「あそこまで感情をダダ漏れにしたあなたが王帝月ノ宮でアレスの教育を受けてどう変わるのか今から楽しみです。」
「全然楽しみって顔してないけど。」
「感情を易々と表に出す人間は人として未熟です。」
「私もしかしなくても歓迎されてない?」

いちいち癪に障る話し方をする野坂に(ムカつくからくん付けはやめた)敢えて満面の笑みを浮かべながら言うと「まさかそんなはずないですよ。」と笑みを濃くした。御察しの通り目は笑ってない。


「成績が振るわない上に落ち着きのないあなたがアレスの教育を受けて落ち着きある優秀な人間になればアレスの良い宣伝になりますからね。大歓迎です。」
「もうやだこの子。帰して、お家に帰して。私お母さんの揚げ出し豆腐が食べたい。」

ハイライトの無い野坂の目が恐ろし過ぎて助けてくれと先程から一言も話す気配のない西蔭くんに目で訴えるけれどガン無視を決められた。そういえば野坂に敬語使ってたし多分というか間違いなくこの子大魔王野坂の犬だ。冥界の門番ケルベロスだ。あの豊かなエリンギのような髪が顔に変形して2つに分かれるんだ。おっかない。

こんなところでやっていける自信ないと盛大に大きな溜息を吐いて私は自分の行く先を案じた。