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俺には苗字名前さんという彼女がいる。マネージャーとしてチームを支えてくれている一つ年上の先輩だ。そんな名前さん付き合い始めてひと月ほどが経つが前年度優勝校の雷門から強化委員ということで遥々やってきた鬼道さんによる指導のお陰で忙しい日々が続いた故恋人らしいことはあまりできなかった。手を繋いだり頬にキスをするのが俺たちの間の最大のスキンシップでこれ以上先には進んでいない。
正直なことを言うと俺はそれでは物足りなかった。手だって指を絡めて恋人繋ぎをしたしキスだって唇にしたい。そんなもっと名前さんに触れたいという気持ちが増していく一ヶ月を過ごしてきたわけだがついに今日先に進むチャンスが訪れ俺は行動に出ることにした。


「...明日は午後練だから泊まりに来ませんか。」

突然の提案に名前さんは目をパチパチと数度瞬きさせた。

「え、泊まり?まじで?」
「はい。」

驚いた様子の名前さんに恥ずかしい心持ちになりながらもコクリと首を縦に振る。唐突過ぎたという自覚はあるが今日はなんたって千載一遇のチャンスの日だから今日は逃せない。なんと今日両親が家に不在なのである。早朝に唐突に親戚の家に行くことになり今日は帰ってこれないと言って家を出て行ったからだ。「いってらっしゃい。」と去っていく2人の背中を見つめながら名前さんを家に誘い入れて二人きりの時間を作ってきっと先へ進んで見せる...!と俺は思ったのだ。

「でも着替えとか持って来てないし...」

少し困ったように言った名前さんだったけれど自分の着替えを貸すと返すと名前さんの表情は悩みの色を帯びたものに変わった。果たして名前さんはどういった決断を下すのか、うるさい心臓を持て余しながら名前さんをじっと見つめていると「...じゃあ行こうかな。」と待ち望んでいた返事が返ってきた。平常心を装って「分かりました。」と返事しながら俺は背中に手を回しグッと拳を握った。

帰りに佐曽塚や早乙女、白鳥などのチームメイトにからかいを受けながら二人で同じ駅に降りて帰途を辿る。途中必要な物を買ってくるとコンビニに入って行った名前さんを暫く待った後再び並んで歩く。両親がいるとき何度か家に招いたことがあったからこうやって一緒に家まで歩くのは初めてではないけれどこれから家に二人きりになるのだと考えると急に心臓がうるさい。一体どのタイミングで手を繋いでそしてキスをすればいいのだろうかと煩悩全開で悩んでいると突如車道側じゃない方の手、つまり名前さん側にある手が温かいものに包まれて反射的に名前さんの方を見ると名前さんが俺の手を握っている。唐突のことでびっくりしていると茶目っ気を帯びた顔で微笑まれて頬がボッと熱くなる。恥ずかしくて顔を逸らすと名前さんは繋がった手を更に強く握って前後に振りながら歩く。くっ...こんなことで照れていてどうするんだと思うけれど心臓は忙しなくなっていく一方で果たして目標を達成できるのだろうかと先を案じた。

しばらく歩くと家に到着して名前さんを家にあげる。真っ暗な部屋の照明を灯していると名前さんが不思議そうに周囲を見渡している。きっと両親不在を疑問に思っているのだろうと親戚の家に行っていて不在だという節を告げると「へっへぇ...」と曖昧な返事が返ってきた。

「どうかしましたか?」
「あっいや、水神矢のお母さんにどうかなってさっきコンビニでスイーツ買ったから残念だな〜って。」
「そうだったんですね。すみません気を遣わせてしまって...。」
「いいのいいの。この前遊びにきた時もお世話になったし。」

「よかったら明日にでも召し上がってもらって?」と言いながら袋からスイーツを取り出して冷蔵庫へ収納して行く名前さんの姿を見つめているとなんだか今家で二人きりなんだという実感が急に湧いて出て緊張した。そしてその緊張はご飯の時も収まらず母が準備してくれていた食事を2人で食べながら自分の家に、しかも二人きりの空間に名前さんがいるということはこんなにも緊張するものなんだなと身を以て知った。しかしいつまでも緊張していたらなにも進まないままだ。サッカーだっていつまでも待っているだけじゃチャンスどころかボールすらやってこない。そう、チャンスは自分で作るものなんだ...!


「あの、名前さん。」
「どうしたの?」
「ご飯を食べたあと一緒にテレビでもみませんか。」
「えっ、水神矢なにか観たいテレビでもあるの?」
「あー...あっ!あれです!松子の知ってる世界!」
「あ〜松子のね!今日あれでしょ!こけしの回でしょ!それ私も観たいと思ってたんだ〜。水神矢も松子のテレビとか見るんだね。」

「なんだか意外〜。」と面白おかしそうに笑う名前さんに「そうなんです。」ととりあえず合わせて笑ってみせる。実のところ松子どころかバラエティなんてほとんど見ないがこの前名前さんがよく観ているといっていたから言ってみただけである。ちゃんと食いついてくれたことに安堵し、場は作ったからあとは実行あるのみだと自分を今一度奮い立たせた。

そして食事も終わり片付けを済ませると二人でリビングへ行きテレビをつける。先に名前さんを座らせた後に俺も続いて横に座る。

「まだ始まるまで時間あるね。」
「そうですね。」

まだ松子の番組は始まっていないようで名前さんはリモコンのボタンを押しながらチャンネルを変えて行く。今のうちにそんな目標の一つである恋人繋ぎを達成してしまおうかと膝にある手をそっとソファに下ろした。そしてソファにある自分の手を少しずつ名前さんの手へと近づけて行く。人差し指と中指でまるで匍匐前進布するかのようにソファの布を擦って移動させているとツンっと名前さんの手に指の先が当たった。この調子だ、とまずは手を握ろうと手の甲に指を滑らせて名前さんの自分より幾分小さな手を平までをすっぽり覆った。すると名前さんは握られた手に視線を落としたあと繋がった手を持ち上げて俺の手の甲をじっと見つめた。一体どうしたんだろう、もしかして何かついていただろうかと名前さんからの言葉を待っていると名前さんは突然へへっと笑った。

「水神矢の手って改めて見ると大きいんだね。男の人って感じ。」

どこか照れを滲ませた笑顔で手を甲を見つめる名前さんに頭のてっぺんからつま先まで一気に熱が広がった。愛しむような優しい眼差しに“男の人”とちゃんと俺のことを男として意識してくれている発言に耳の先まで熱くなって手がじんわりと汗ばむ。

「あっ!松子でたよ!」

名前さんの好きな松子の登場したことにより視線が手の甲からテレビに、そして映り重なった手はソファに落ちる。名前さんがテレビに集中したのを確認して俺は少し俯きながら繋がっていない方の手で自分の心臓を抑えた。バクバクと尋常じゃないくらい高鳴っているそこにとりあえず落ち着くんだと小さく息を吸っては吐いてを繰り返す。しかしなかなか心臓は落ち着いてくれず気付いた時には番組が終わり「面白かったね!」と満足げに笑う名前さんが笑った。まったくもって何も憶えていないけれど笑顔で「そうですね。」と返すと名前さんは続けて口を開く。

「とくにあのこけしの起源の話はなかなか興味深かったね。」
「たったしかにまさかこけしにあんな意味があるとは知りませんでした。」

目の前にいる名前さんはもちろん俺が観ていたものと思っているので番組の内容を共有しようと話を振ってくる。とりあえずその場しのぎの言葉で返すけれどこんな小手先の言葉がいつまでも保つとは思えないので「名前さんそろそろお風呂どうですか。」と無理やり会話を変える。

「たしかに水神矢も練習で疲れてるもんね。さっさとシャワー浴びて寝ちゃおうか。」
「お気遣いありがとうございます。よかったら先に浴びて下さい。」
「え、いいの?疲れてるなら先に入っちゃったほうがよくない?」
「浴びてる間に名前さんの着替えの準備とかしているんで全然大丈夫です。」
「じゃあそういうことなら先に入っちゃおうかな。準備までありがとうね。」

そう言うと名前さんはソファから立ち上がりリビングの端に置いた鞄からさっき購入したものが入っているのだろう袋を取り出した。

「お風呂場の場所はあっちで合ってる?」
「はい。合ってます。」
「わかった。じゃあお先〜。」

ふりふりと手を振りながら名前さんはお風呂場へと向かい扉を開けて中に入っていった。ガチャンと扉の音が閉まったタイミング瞬間俺はハアと大きな溜息を吐く。ドッとやってきた疲れに俯きがちになる。その疲れは主に精神的によるもので本当に名前さんの存在はいい意味でも悪い意味でも心臓に悪い。


(まさかこんなにもうまくいかないとはな......)

目標が達成されなかったことにさっきまで名前さんの手が握られていた自分の手を見つめながら不甲斐ない心持ちになる。...いやしかしまだチャンスはきっとあるはずだ、諦めては試合終了だと有名な漫画のシーンがあるじゃないか。サッカー漫画でなくバスケットボール漫画だが。
とりあえず名前さんの着替えを取りに上がろうかと手の平をぎゅっと握り俺は自室へと足を運んだ。