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「灰崎くんとですか?」
「ああ、同じ一年だし灰崎も心を開いてくれんじゃないかと思ってな。」

眉を少し下げて水神矢くんは言った。そんな彼の言葉に目で灰崎を探すとみんなが雑談を繰り広げているベンチ周辺から随分離れた場所に一人腰を下ろしていた。

「鬼道さんのお陰で今日は練習に参加してるがいつもは練習にも参加しないし参加してもああやってずっと一人で過ごしているんだ。」
「そうなんですね...」
「それに教室でも常に一人でお昼ご飯だって一人中庭で菓子パンを食べているししかも食べてる量が少ないから栄養はちゃんと取れているのかほんと心配で心配で.....」
「へっへぇ....」

胸を押さえて心配そうな面持ちでペラペラと灰崎のことを語り出した水神矢くんに少し圧倒される。教室や中庭で一人で菓子パンがお昼ご飯.....なんでそんな詳しいんだろうと疑問に思うけどそれ以上にちゃんと灰崎を見捨てないでいる水神矢くんになんて後輩思いな良いキャプテンなんだ....!と心を打たれた。この様子だと水神矢くんが居る限り灰崎は大丈夫だろう。

「だから同じ一年生として少しでいいから話してきてもらっていいか。」
「わかりました。」

正直全く気乗りしないし寧ろあんなやばい奴に話しかけるくらいならパン買ってこいだの職員用の下駄箱の靴をぐちゃぐちゃに入れ替えて来いとかやらされる方が数倍マシだけど水神矢くんの頼みだし聞くしかないかと彼からの期待の眼差しを背中いっぱいに受けて私は灰崎の方へと向かった。


「灰崎くんこんにちは。」

体を屈めて灰崎の背中に向かって言ってみるけど反応はない。あれれ、声が小さかったのかなウフフととりあえず落ち着く。我慢だ、キレるのは早いと「灰崎くーん!こーんにーちはー!!!!」と教育番組のお姉さんが良い子のみんなへ大声で呼びかけるように言うと灰崎がついに私を視界に入れた。

「うぜえ消えろ。」

鋭い目つきでわたしを睨みつけ短く言うと灰崎は再び前を向いた。うん、もうこれは撤退だな、相手に話す意思がない以上私はこれ以上彼につめ寄ろうとは思わない。あくまで個人の意思を尊重して私は潔く身を引くまでだ、とただただ自分がこれ以上話したくない理由を灰崎の意思を尊重したように見せるというズルい手法を取って撤退しよう.......と振り返った先で水神矢くんと目が合った。視線の先の水神矢くんはジッと、ジィーーーーッと一ミリも視線を逸らすことなく、そして瞬きすることなく私たちを見守っている。後輩の交流を先輩として温かく見守るにしては力強すぎる眼差しには依然私への期待が溢れていて撤退命令が一瞬にして取り下げられた。...あの目を、あの目を絶望の色に染めてはいけないと自信を奮い立たせて私は灰崎の正面へと回った。


「私灰崎くんと同じ一年生だから仲良くしてくれたら嬉しいなっ!」

一年生と未だに違和感でしかない上にさっきデコを筆頭とする愉快な見目をした奴どもに虐げられたせいでもはや口にするだけでも嫌気がさす言葉を必死で絞り出して笑顔を取り繕う。すると灰崎の鋭い目つきが再び私を捉えた。よし今回は無視されなかった第一関門クリアだとひとまず安堵したけれどそれも束の間だった。


「へえ、老けてるからてっきり年上のババアだと思ってたわ。」

...灰崎いいよ、ババアはわかる。君らの年で一個二個上って結構な年の差を感じるもんね。しかも事実三年生のババアだし老けてるって発言は君の兄貴たち(デスゾーン三兄弟)からも聞いたから全然大丈夫。だけどな灰崎、あんたに、あんたにだけは言われたくなかった。あんただって十分老けているからな。てか眉毛をどこに置いてきたの?剃ったの?手滑っちゃったエヘヘ!ってドジっ子発揮したの?この部眉毛が豊かな子多いから仲良くなって移植してもらいな。「眉毛移植で不仲だった部員たちが一つになりました!」ってインタビューで水神矢くんに泣きながら答えてもらえと全く関係ないないことを頭の中で展開しながら「えへへ、よく言われるんだよねそれ〜」と笑顔で言う毛蘭々ちゃんいい子すぎない?乖離した新人格だけどむしろこっちで行った方がいい気がして来た。三宅ユカを亡き者にしてこの回から中国人留学生毛蘭々のドッキドキワックワク星章学園サッカー部殺り...ゴホン、サポートツアーでも開始させようかな。日々寧日改め日々殺伐。うんうん、文字数的にも全然問題ない。


「お前それは....!」

水神矢先輩を除いた皆さんを墓場まで責任を持ってお連れしますねっ!と軽快な口ぶりで物騒なことを考えていると灰崎が突如私の方を指差して来た。

「どこで手に入れやがった。」
「どこでって....」

一体なんのこと言ってるんだろうと思いながら指の指す場所、ジャケットのポケットの箇所を見るとそこにはこの前つくしちゃんとお揃いで買った今流行りのキャラクマゾウがプリントされたシャーペンがある。てっきり記録作業を任せられると思ってジャケットのポケットに入れてきていたんだったということを思い出して「これのこと?」と見せると灰崎は無言で首を縦に振った。

「このクマゾウシャーペンなら普通に稲妻町の雑貨屋さんで買ったけ....」
「くっクマゾウだと...!お前なぜその名前を...!」
「なぜも何もこの子の名前がクマゾウだからだけど...」

急に詰め寄って来た灰崎に答えると灰崎は心底驚いた様子で「公式名称だったのか...?」と訳の分からないことを口にしているけどなんとなく灰崎がクマゾウに対して悪い印象は持っていないことだけは分かった。これはクマゾウをネタに仲良くなるチャンスだ...!

「クマゾウ好きなの灰崎くん?」
「......うるせぇ。」
「そっかそっか大好きなんだね〜」
「言ってねえよ老け顔。」
「さっき敢えて言わないであげたけどブーメランだからねそれ。」
「言わせておけば.....!」

実は老けていることを気にしていたことなのかそれともただ沸点が低いだけなのか...いやきっとからかうような言動が気に食わないのだろう、ギッと私を睨む灰崎は今すぐに飛びかかって来そうな雰囲気を醸していた。例えるなら尻尾が逆立っている猫といったところか。でもこの数分の間で彼には睨まれまくったので全然へっちゃらな私は「灰崎くんこわーい。」とおちょくるような口調で言いながらクマゾウシャーペンをフリフリ振る。灰崎はそんな私の姿に眉間の皺を濃くするけど手にあるシャーペンを目に入れた途端皺が薄くなり纏う鋭いオーラがほんの少しだけど柔らかくなった気さえする。あのフィールドの悪魔を沈めるクマゾウ恐るべし...。てかこれワンチャンクマゾウで灰崎囲ったら浄化されてフィールドの天使とかになって心を一新して雷門に転校してくるんじゃない?ありだな、今の灰崎はいらないけど天使な灰崎ならこっちもウェルカムだよ、先輩という立場を使って存分にこき使ってやるとまあ有り得ないだろうことを考える。


「灰崎そろそろ練習再開だぞ。」

それにしてもクマゾウでなんとかなっちゃうって灰崎結構チョロいし攻略イージーすぎたなとクマゾウという対灰崎に関しては最強の武器を言葉通り片手に「灰崎くん前髪のせいで視野狭まってない?乱視とかなってない大丈夫?」「てかフィールドの悪魔って自分でつけた感じなの?めっちゃくちゃかっこよくて痺れるわ〜。」と灰崎をからかっていると休憩時間になってから姿を消していた鬼道が突如現れて灰崎に言った。灰崎はそんな鬼道をチラ見した後私をすごい形相で睨みそしてタオルとボトルを持って去っていった。そんな灰崎の姿を暫く見つめた後次に鬼道の視線は私へと注がれた。


「随分灰崎と仲良くしていたな毛。」
「同じ学年同士気が合ったんだけですよ鬼道先輩。ていうか毛ってやめてもらえますか、蘭々でお願いします。」
「練習再開だから毛もそろそろベンチへ戻れ。」
「無視ですか、蘭々悲しいな。」
「いいから行け毛。」
「......。」

まあ今日の鬼道に話が通じないのは今に始まった事じゃないしとこれ以上言葉を交わす必要はあるまいと言われた通りベンチへと戻る。すると帰りを待ちわびてた様子の水神矢くんがベンチから立ち上がって「どうだった蘭々!」と少し食い気味に聞いてきた。

「灰崎くん少し怖かったけどシャイなだけでしたよ〜。それとクマゾウが大好きみたいです!」

少し怖いどころか最後はからかって遊んでたけどという内容は伏せて健気な後輩面で水神矢くんに報告すると「そうかクマゾウか...!ありがとう蘭々!」とガシッと手を握られた。いえいえ是非ともこの情報を有益に使って灰崎を飼いならしてくれ給え!といった気持ちを込めて水神矢くんの手を強く握り返したと同時に鬼道が選出を召集する声が聞こえてきた。

「じゃあまた練習終わりにな。」
「はい、残りの時間も頑張ってください!」

去りながら小さく手を振る水神矢くんに手を振り返しながら言うと水神矢くんは小さく微笑んでグラウンドの方へと小走りしていった。本当にいい子だな水神矢くん...と彼の背中を見つめながら思っていると途中視界に入ってきた佐曽塚瑛士が何やら水神矢くんの肩を小突いていたのであのウニの分だけドリンクの濃度爆上げすることを心に誓いベンチへ腰を下ろした。