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14

水をぶっかけて来た例の輩はさっきのように指をおかしな被り物に絵が描かれた口のところに持って行って「シッ...」と言った。そしてカランコロンと首を振りながら去っていった。

「なっなんだったんでしょうね...」
「...ほんとなんだろうね。」

本日2度目の水による襲撃にはあと口から溜息が漏れる。でもこのタイミングで水をぶっかけられたということはきっとアドバイスをするのすら禁止なのだろう。

「...ユカさんびしゃびしゃですけど大丈夫ですか。」
「あはは...ちょっと流石に大丈夫じゃない...かな.....」

まさか1日で2度も水をぶっかけられるとは思わなかったし2回目心なしか量多かった気がするんだけどまじであのふざけた中国人もどき次見つけたら絶対許さない。あのハロウィンに天井から吊るして叩いたらお菓子がでるやつみたいに天井から釣ってあの珍妙なお面割ってやるからな。


「おーい氷浦〜!」

メラメラと服が乾きそうな勢いで中国人への怒りを燃やしていると後ろから稲森くんの声が聞こえて振り返るとのりかちゃんや万作くんや剛陣くんたちがこっちへやってきた。

「ユカさんもいたんですね!おはようござ...ってなんでそんな濡れてるんですか!?」
「まさか氷浦がやったのか!?」
「氷浦くんさすがに水責めはやばいです。」
「見損なったよ氷浦....」
「違う違う!氷浦くんにされたんじゃないから!」

みんなに変な罪を着せられそうになっている氷浦くんを私は必死でかばうけど一方の氷浦くんは顎に手を当てて「水責め...?」と首を傾げている。仲間にあらぬ疑いをかけられてるのになんてマイペースなんだ氷浦貴利名...。

「水責めはあれだよ、なんか顔に水いっぱいかけたり飲ませたりする拷問だよ。」
「なるほど...!」

そんな氷浦くんにこの前世界史で習った知識を教えてあげると
瞳を大きくして納得した。なんだか奥入くんが「そうなんだけどそうじゃない...」とか言っているけど島ではもっと別の意味で使われているのだろうか。まじで伊那国島未知だわ...一体どんなところなんだ......と氷浦くんと稲森くんたちが話す中謎のベールに包まれた伊那国島への想いを馳せているとバサリと肩に何かが掛かってそれは円堂たちがいた頃からデザインの変わっていない練習用のジャージだった。一体誰がと振り返った先には万作くんがいた。

「その...風邪引いちゃうと思って...」
「そんなこんなのそのうちかわっ....クシュッ!」

万作くんにジャージを返そうと肩にかかったジャージを退かそうとした途端くしゃみが出てしまって万作くんは「大丈夫ですか!?」と言いながら肩にかかったジャージを掛け直しさらに学ランまで脱いで肩にかけてくれた。制服が水を吸っているのもあって体が重く、さすがに学ランはいらないかな...と手をかけるけど万作くんが穴が空くくらい私を見ているのでそのままにしておくことにした。馬鹿は風邪ひかないってよく言うしそんな心配することないのに...。

「わあ...彼ジャーだっ!!」
「万作やるね!」
「おっお前たち余計なことを言うな....!」

彼ジャー.....ああ、彼氏ジャージのことか。なんか友達と雑誌の特集で見たし一回やって見たいな〜って思って背の高い女友達のジャージを借りてやったこともある。興奮のあまり「見て見て彼ジャージ!」って染岡、半田、風丸の前で見せてみたら「彼氏が不憫で仕方ない。」「もしかして金払って付き合ってる?もちろん三宅が。」「大丈夫か?そいつは三宅の中身をしっかり理解してるのか、残念な中身を。」ってボロクソ言われて借りた友達に泣きながら返却した覚えがある。私そんなボロクソ言われるほど奴らに何かしたっけな...。


「とりあえずユカさんは着替えたほうが良さそうですね。」
「氷浦のことは練習がてら俺たちが見ておくんで着替えに行ってください!」
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」
「万作も付き添いで一緒に行っておいで〜」
「そうだね、学ランとかちゃんと返さなきゃだし。」
「わっわかりました......」

とりあえずマネージャー用のジャージに着替えるかと「サッカー棟へ行こ。」と万作くんに一言いって私たちはサッカー棟に向かって歩きだした。


「万作くんって兄弟とかいるの?」
「いっいえ、いないです。」
「そうなんだ〜なんだか弟とかいそうなのにね。」
「まあでも明日人や氷浦が弟みたいなもんですかね。」

じゃりじゃりとローファーと地面が擦れる音を耳で拾いながら万作くんを見ると二人の姿を浮かべているのか口元が少し緩んでいてほんとに仲良いんだなとほっこりした気分になる。生まれた時からずっと一緒だからもう兄弟同然なんだろう。

「いいな〜私も万作くんみたいなお兄ちゃん欲しかったな〜。」
「おっお兄ちゃんですか....?」
「うん、私一人っ子だしお兄ちゃん欲しかったなって...あっ!万作くんが良ければ弟でもいいよ!」

私にもそういう存在がいたらなと思いながら欲望を爆発させて万作くんを見ると私の表情とは対照的に「弟.....弟か......」と表情を曇らせていた。なんでこんな奴の兄弟にならなきゃいけないんだふざけるって感じのこと思われてたりするのかな...だとしたら流石に傷つくぞ.....と思ってるうちにサッカー棟に到着した。手早く着替えを済ませて少し濡れたジャージは洗って返すことにして学ランだけを万作くんに返した。ちなみに下着は無事だったけど肌着は濡れていてまじであの中国人タダじゃおかない....と心に誓った。こいつを見たら三宅までと指名手配ポスターでも作ろうかなんて思っているうちに授業が終わって放課後になった。


放課後は朝と違って岩戸くんを見ることになって氷浦くんを見ていた時同様パイプ椅子に座ってひたすら落書きを消す岩戸くんを見つめる。朝から消してるはずの落書きなのになかなか落書きが減っていない....というかなんか落書き増えてない?と壁を見ながら思っていると「ユカさん...」と岩戸くんが背を向けたまま私の名前を呼んだ。


「...壁山さんに比べてオレはどうでゴスか...?」

どこか元気なさげな声音で名前を呼ばれたかと思うと岩戸くんの口から出た言葉は弱々しく岩戸くんの壁を拭く手がピタリと止まる。突然の言葉に驚いている間も岩戸くんは言葉を続けた。

「憧れの壁山さんと比べたらオレなんてまだまだ未熟で....これから先雷門のゴールを守っていけるか不安なんでゴス....」

ポツリポツリ不安を吐露した岩戸くんの逞しい肩がガクンと下がる。そんないつもより一回りほど小さく見える背中が昔の壁山と重なった。


「....あのね岩戸くん、壁山って昔試合前に試合に行きたくないってロッカーに隠れて出てこなかったことがあるんだ。」
「ゴッゴス!?あの壁山さんがゴスか!?」

私の言葉によっぽど驚いたらしい岩戸くんが目を大きく開いて振り返った。

「言いふらしてるって思われたら壁山に怒られるから二人だけの秘密だよ。......まあつまり岩戸くんが憧れてる壁山も最初はそんなんだった訳だし比べる必要なんてないよ。」

最初は弱虫ばっかりの壁山だったけどフットボールフロンティアで試合を重ねて行くうちに成長した。強化委員に行く前の彼は確かに弱気ではあったけど壁山は一言も無理だとか嫌だといった言葉は口にせず最後には「やれるだけやってみるッス!」といって雷門から美濃道三へと旅立って行った。

「だからとりあえず今は目の前にあるものから頑張ってこなして行こっ!」
「ユカさんっ....!オレ頑張るでゴス!」

目に若干涙を浮かべた岩戸くんは元気よく頷くと「気合いを入れ直すために水換えにいってくるでゴス!」と言ってバケツを持って去っていった。これで岩戸くん不安を取り除けたかな、と胸を撫で下ろしてパイプ椅子に腰を下ろそうとしたその時背後から声がした。


「そんないい加減でいいんですか。」

振り返るとそこには小僧丸くんが立っていた。