×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


7

そして、なあ三宅さんはどう思う?と唐突に訊ねてきた。藪から棒にどうしたんだと肝心な部分が抜けているそれにハテナを浮かべていると日和くんが剛陣くんの隣にやってきて口を開く。

「剛陣先輩!大事な部分が抜けてます!」
「うおっと...わりぃわりぃ。」

どこかツッコミが板についた日和くんの姿に恐らく常日頃よく剛陣くんのことを突っ込んでいるんだろうななんて思っていると剛陣くんがコホンと一つ咳払いをして口を開いた。

「その、三宅さんは監督のことどう思う?」
「監督って趙金雲監督のこと?」
「ああ。俺は...というか俺たちはどうもおちょくってるとしか思えねぇんだよ。」
「試合まで時間もないのに一体監督は何を考えているのやら...」

剛陣くんの後に続いた奥入くんの言葉にみんなはうんうんと頷く。監督のことをどう思うか、それに対するみんなの感想は剛陣くんと奥入くんが言ったおちょくっている、何を考えているのか分からないという言葉で片付いているようだった。確かにそれはあの茶目っ気たっぷりの謎の中国人監督に対する感想としては至極真っ当だけど私はみんなのようには思っていない。
そう思わない根拠はなんだと言われても明確な根拠を示すことは出来ないけど監督がみんなに“負けないこと”と言ったのがどうも引っかかる。みんなの星章を“倒すこと”と言った言葉を否定してわざわざ“負けないこと”と言った理由。きっと何か監督なりの考えがあって言ったはずだと私は思っていた。どんな意図をもってそう発言したかは今の私にはまだ分かりかねるけど...。

「きっと監督なりに何か考えがあるんだと思うよ。」
「そっか...まあ三宅さんがそう言うなら信じてみるか。」

監督を否定するわけでも無ければ肯定することもない、中途半端な答えにも関わらず剛陣くん、そして剛陣くん以外の選手のみんなも私の言葉に首を縦に振って受け入れてくれた。受け入れてくれたみんなに感謝するけどこれでもし監督が考え無しの愉快犯でクンフーしか出来ないただの中国人だった場合私への信頼は地に落ちるだろうな。考えただけで恐ろしいのでもう考えるのはやめようと頭の中の不安を黒のマッキーペンで塗りつぶす。

「怪しいですが信じましょう。これからサッカーを続けるにはもう監督を信じる他道はないですからね。」
「あっ、それのことなんだけど星章の試合とサッカーを続けるのって何か関係あるの?みんなこのままずっと雷門にいるんじゃないの?」

不安を頭の中の黒ペンで塗りつぶしている最中に奥入くんが言った“サッカーを続ける”というワードは私がさっきから気になっていたことでいいタイミングだとみんなに向かって思っていた疑問を投げかける。ほんの軽い気持ちで投げかけたものだったけど私が質問した瞬間みんなが一気にシュンとしてしまった。見るからに落ち込んだ様子にやばい、地雷踏み抜いた。と焦りを滲ませていると深々と帽子を被った万作くんがキャップのツバを掴みながら顔を上げてこちらを見た。


「実は......ということなんです。」
「なるほどそういうことだったのね。」

急に顔を上げたもんだから余計なこと聞いてんなよこのポンコツ!とどやされるかと一瞬構えたけどそんな事はなく、万作くんは私の気になっていた事情を簡潔に教えてくれた。母校である伊那国中学のサッカー部がスポンサーが居ないせいで廃部になったこと、廃部になったせいで伊那国島でサッカーができなくなったこと、そしてサッカーを続けるためには新生雷門サッカー部としてフットボールフロンティアで勝利を納めスポンサーを獲得する他道はないということ。

「...なんだかごめんね。そういう事情があるのも知らずに不躾なこと聞いちゃって。」
「いえ、寧ろマネージャーである三宅さんには事情を話しておくべきだと思っていたので大丈夫です。」
「それならいいんだけど...。あっ、質問ついでにもう一個気になることがあるんだけどうちの学校今スポンサーいないでしょ。そうなのにどうやって参加権ゲットしたの?」
「それは雷門の校長が申請が遅れていると誤魔化してなんとかなったようです。」
「へぇー...。」

そんなのでいいのかフットボールフロンティアの運営陣よ。そんないい加減で大丈夫なのか。虫に食われまくったどんぐりなみに穴だらけだぞ。杜撰すぎるぞ。あまりの杜撰っぷりに呆れを通り越して笑えてきたけど昨年優勝校の雷門がまさか不正を働くとは運営陣も思わなかったんだろう。これもしバレたらやばいんじゃないのと学校の未来が不安になったけど私が心配したところでなんとかなるものじゃない。とりあえず火来校長の首が飛べばなんとかなるだろう。


「俺は、絶対に負けません!」

へへ、校長の鼻にくっついた柿がもぎとられる日も遠くないぞと心の中で一人ほくそ笑んでいると急に稲森くんが強い口調でそう言った。

「絶対星章に勝ってサッカーを取り戻すんです!雷門でサッカーをやっててっぺんを目指して島にサッカーを取り戻します!」

爛々と輝く稲森くんの目の中には強い意思が見えた。逆境にいても挫けず諦めない粘り強さと根性と負けん気、そして勇気、それらを全て兼ね備えていた円堂の姿が稲森くんの後ろにチラつく。

そんな稲森くんの姿になるほど、監督が言いたかったのはそういうことかと“負けないこと”の言葉の意味を理解した。

「大丈夫!みんななら絶対“負けない”よ!」

強い意志を持った稲森くんが、そんな稲森くんと同じチームであるみんなが雷門の魂をこれから受け継いでくれる、そう考えると嬉しくて興奮気味にガッツポーズを作って言うと稲森くんは更に瞳を輝かせてありがとうございます!と言った。


そして2日、3日、4日、5日と練習メニューをこなすみんなに付き添う日々は過ぎていって遂に試合前日になった。監督の指示で1日休みを取っているみんなだけど一方の私は五日間の練習の記録をデータ化するためにサッカー塔のミーティングルームにいた。私が手で記録したものとイレブンバンドから送られてきた5日間分の記録をまとめる作業はなかなか骨が折れたけど私が付き添った選手の成長をこうやって数値で見てまとめる作業はどこか感慨深かった。みんなこんなに成長して...と途中から子を育てる母親のような気分になってちょっと泣きそうになった。

「フォーッフォッフォ!ハンカチお貸ししましょうか?」

そんな私の背後から響いた笑い声にびっくりして振り返ると笑顔でこちらにハンカチを差し出す趙金雲監督がいた。差し出されたハンカチの柄を見ると可愛らしいクマがプリントされている。かわいいのが趣味なのかな思いながら泣いてないんで大丈夫です、というと監督はハンカチを仕舞った。

「この5日間はお疲れ様でした。結局イレブンバンドの故障もありませんでしたし無駄な苦労をかけてしまいましたねぇ。」
「いいえ、みんなのことを知るいい機会になりました。」

たしかに体力的にはかなりキツかったし全身の筋肉という筋肉が悲鳴をあげてたけれどお陰でみんなとたくさん話すことができたしみんなのことを知ることができた。関わっていくうちに名前だって三宅さんからユカさん呼びになったしみんなとかなり距離を縮めることができた。きっとこの5日間彼たちに付き添っていなかったらこうはならなかっただろう。明日の試合の結果によってはお別れになってしまうと考えると悲しいけど私はみんなを信じる。信じてこの先もみんなのマネージャーを続けたい。


「ありがとうございました監督。」

ここまでみんなを信じれるようになったのは監督が私を付き添いを命じたからであって、それに対する純粋な感謝の気持ちを監督に送る。すると監督は少し目を見開いた後目を細めてニッコリと笑った。

「どうやらすっかり水に慣れてくれたようで一安心です。これからもどうぞよろしくお願いしますね。」
「はい!」

水に慣れる、その言葉の意味はイマイチわからなかったけど私は返事を返した。監督はいい返事ですね!と満足げな表情でフォーッフォッフォと豪快に笑った。