「関係ないことないでしょ?毎日来てるらしいじゃない、それなの?」
「……」
「黙らないでよ、その写真が毎日届いてるのかって聞いてるの!」

ついに声を荒げたカリーナに、バーナビーは渋々といったふうに口を開いた。

「……毎日来てます。真っ白な封筒には差出人も宛先もなく、中は手紙も無く写真だけが数枚入れられてます。これで良いですか?」
「他に何か変わったことは?」
「……特に何も。もう良いでしょう、この話は――」
「警察には言った?」

次々とくるカリーナの問い掛けに、バーナビーは眉間に皺を寄せた。
特にこの質問はよくわからない。

「どうして警察が出て来るんです?」
「なんでって…だってストーカーじゃない」
「……ストーカー?」

バーナビーが首を小さく傾げると、カリーナはいよいよ呆れ返った。

「アンタ、まさかこれだけ粘着されててもストーカーだと思ってなかったの?」
「……」

違う、これはストーカーなのだと、頭のどこかではわかっていた。
ただそれを認めるのは面倒だったし、情けなくもあったから、わざと考えないようにしていたのだ。

バーナビーは手紙をすべて押入れに入れ、素早く戸を閉めた。

「…まぁ、今のところ手紙が来てるだけですから。別に撮られて困るものは撮られてないみたいですし、しばらく様子を見ますよ」
「こういうのはエスカレートしていくものじゃない?」
「その時はその時で考えますよ。今何か下手に行動して相手に刺激を与えてしまう方が余程危ないと思いますから」

バーナビーは、冷静な顔をしながら必死に頭の中でもっともらしい文章を作り出す。

「このことは他言無用でお願いしますよ」
「…みんなには言わないの?」
「どこでどんな風に話が広がるかわかりませんから」

その即席の「もっともらしい文章」に、カリーナも納得したようだった。

「…わかった、私からは言わないでおく」
「ありがとうございます」

何よりバーナビーは、ここの住人達にそれがバレるのが嫌だった。
何故だろう、とバーナビーは思う。何故、バレるということがこんなに嫌なんだろう。

こんな目に遭っているのが恥ずかしいから?
誰かに助けを求めるのが情けないから?

カリーナが口を開いた。

「ストーカーに遭ってるなんて言ったら迷惑になると思ってる?」

バーナビーは瞠目する。
その言葉に、パズルのピースが上手く嵌ったときのような感覚がした。
(そうか、迷惑になりたくなかったんだ)

「…あなた達のことは別に…考えてもいませんでした」
「あ、そう」

考えていることが口に出ないのは、もう癖にもなりつつある。僕はこういう人間なんだとバーナビーは心で自分を嘲笑った。

カリーナが薄い座布団に座りなおし、今までのことは無かったかのようにテキストを開いた。そういえば勉強を教えることになっていた、と、今更ながらに思い出す。

「…ま、なんかあったら言いなさいよ」

意外にも真面目で少し心配性な彼女は、バーナビーに顔を見せないままそう言った。

その時、部屋のドアがノックされた。
バーナビーが立ち上がり、覗き穴から外を見る。そこに立っていたのは虎徹だった。
ドアを開けると虎徹が人懐っこい笑みを浮かべて、持っていたものをバーナビーに差し出す。

「苺!」
「…い、苺?」

スーパーのレジ袋のようなものを受け取ると、重みのあるその袋の中から独特の甘い香りがした。

「ネイサンの友達だかなんだかが今来ててさ、その人から沢山もらったから1人1パックどうぞ」
「何言ってるんですか、そんなに食べられませんよ」
「誰もが夢見ることだろーが。一気に1パック、全部1人で食べるの」
「そんな夢――……」

見ませんよ、とバーナビーは言いかけて、不意に声を失った。
虎徹の両手がバーナビーの首の後ろに回る。一歩間違えれば抱きしめられそうな体勢だ。

「こ、虎徹さん?」
「暑くね?」

虎徹はバーナビーの後ろ髪を、正面の位置からにも関わらず器用にまとめる。そして、腕に掛けていた輪ゴムで縛り上げた。

「ちょ、それ、輪ゴム…っ」
「そんな後ろ髪だと暑いだろ?結んだ方がいいぞ」
「やめてくださいよ、それ解くとき絶対痛いじゃないですか!」
「まぁまぁ」

髪を結い上げてから、虎徹は両手でバーナビーの頬を挟み込むようにした。

「それに折角の美人が髪で隠れたら勿体ねーだろ?」
「……っ!」

嬉しくない。男が美人なんて言われたところで全く嬉しくない。しかも男から、同性から言われたのではなんの有り難味も感じない。むしろ女顔だと嫌味を言われているようにさえ感じる。

バーナビーの頬はどんどん赤みを増していった。頭の中で考えていることは、何一つ声にならないで消えていく。

「……あ、あの…、えっ…と」

何言ってるんですか気持ち悪い。そう言おうとして開いた口からは「えっと」や「あの」など意味にならないものしか出なかった。

「あぁ、ごめん、暑いよな」

虎徹がそう言って手を離す。バーナビーはただ黙ったまま視線をうろうろさせることしか出来なかった。
変な汗をかいた。しかもなんだか背後から冷たい視線が突き刺さるのを感じる。虎徹のことが好きなカリーナから見たら今のはとても迷惑極まりないものだったと思う。

じゃあな、と言ってドアを閉めていった虎徹に、バーナビーも苺を持って冷蔵庫に向かう。

「ちょっと、なんなの今の!タイガーのこと横取りしないでよね!」
「えー…そうなるんですか」

タイガーを横取り、という言葉を反芻する。
いや、どう考えてもあり得ないだろう、とバーナビーは思った。




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