「良い人だっていうのはわかってるんですよ、……いや、わかったんです、この前」
「そう、よかったわ」
「でも僕はやっぱり苦手です、あの人」
ネイサンも硬めのパンをちぎって口に入れながら、バーナビーの話を聞いていた。
「家族って、なんか……だって、他人なのに、そんなの……。……変じゃないですか?」
頭の中で言葉を探しながら話しても、思うように伝わらない。バーナビーの頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「この下宿所に来てから、僕には理解出来ないことばかりで……皆さんとの考え方の違いが一番わからない」
「わかりたい?」
「……わかりたいとは思いませんよ、無駄な考え方ばかりですし」
いつの間にか止まってしまった手に、ネイサンが食事の継続を促す。バーナビーははっとして手を動かし始めた。
「タイガーもねぇ、家族のことで色々あったのよ」
「家族ってあなた達ですか?」
ネイサンは「違うわ」と首を振る。それだけでその「家族」が「本物の家族」のことを言っているのだとバーナビーは察した。
「ハンサムはもう"家族"にトラウマを持っちゃってるのね」
「……」
「タイガーもトラウマは持ってるけど、アンタとは持ち方が違う」
バーナビーは視線をどこに落ち着かせることも出来ず、ゆらゆらと揺れさせる。
「塞ぎ込んじゃったのがアンタで、また開いたのがタイガーよ」
「……僕が悪いんですか」
「そんなことは言ってないじゃない?思ってもいないわよ」
それからは、他愛のない話をした。
このレストランのオーナーと仲が良いんだとか、明日の撮影を担当するカメラマンは近所に住んでいる人なんだとか、夜景が綺麗だとか、最近はグレーが流行りなのだとか、そんな脈絡のない雑談だ。
全ての食事が終わり、自分の分は出すからとバーナビーが財布を取り出すと、ネイサンはそれを制止する。
制止するその様子をよく見ると、彼女は奢るのが好きらしかった。バーナビーは素直に言葉に甘えることにした。
帰りの車の中で、ネイサンはバーナビーに一方的に話し掛けていた。
「タイガーはね、アンタみたいな子が放って置けないのよ。別に子供扱いとかそんなんじゃなくてね?」
「……そうですか」
「この前、タイガーがアンタのこと可愛くて仕方ないって言ってたわよ。アンタは向こうを嫌いでもタイガーはハンサムが大好きだから安心しなさいよ」
「……別に、」
「心配なんかしてない、って?嘘よ、顔に書いてあるから」
「……」
「少しは頼ってあげて頂戴よ。頼られるの好きなのよ、彼。ハンサムが何も言わないで一人溜め込んでたらきっと悲しがるから、なんでも言ってあげてよね」
「……」
「文句とかも面と向かって……ハンサム?」
信号で車が止まると、ネイサンがバーナビーの方を覗き込む。
バーナビーは窓の方に顔を向けてうとうとしていた。
「……ん…」
「連れ回しちゃったから疲れたわよね、着いたら起こしてあげるから寝てなさい」
「……はい……」
夜遅く鏑木荘に帰ったバーナビーを、虎徹が寝ずに玄関で座って待っていたということを、ネイサンに身体を預けて眠っていたバーナビーは知らない。