翌朝、部屋を出たバーナビーが目にしたのは、メジャーを構える虎徹とキースの姿だった。
目が覚めたときから部屋の外で何やら声がするとは思っていたが、防音性の無い壁が会話の音を通すことには慣れきっていて、気に留めていなかった。
「よぉ、バニーちゃん!」
「おはようバーナビー君!」
「…おはようございます。何してるんですか?こんなところで」
通路、いや、住人達が言うところの廊下で。
虎徹とキースはそれぞれメジャーの端を持ってしゃがみ込んでいた。
「見てわかんねぇ?廊下の距離計ってんの」
「はあ……なんでまた」
「買ってから大きすぎたり少なすぎたりしたら困るからね!」
バーナビーは暖かくない気温に少し身震いしてから口を開いた。
「買ってから……?」
「カーペットだよカーペット!」
「え?カーペット買うんですか?」
驚いたバーナビーに対して虎徹も驚いたらしい。
虎徹はまだホァンやイワンが寝てるかもしれないのに少し大きめの声量で言った。
「おま、昨日の俺の話聞いてた!?カーペット敷くっつったろ!?」
それに対してバーナビーも少し大きめの声で言う。
「あなたこそ僕の話聞いてないでしょう!転居するから無駄だって言ったじゃないですか!」
虎徹は頭を掻きながら口を開いた。
「え、だって今日や明日転居するわけじゃねぇだろ?」
「まぁ、そうですけど……」
「バーナビー君転居するのかい!?」
「あ、はい……多分近いうちに」
虎徹はにっこり笑いながらバーナビーの方を見る。
「少しの間だけでも良いじゃん!お前に一軒家だと思って過ごしてほしいんだよ、俺は」
人の良さそうな笑いと言うのはこういうものなのだろうかと、バーナビーは頭のどこかで思った。
決して悪い人じゃない、ただ自分とは相性が合わないだけで、良い人なのだろう。
「……」
バーナビーはしばらくそのメジャーに視線を落としていた。するとその視線に何かを思ったらしい虎徹が立ち上がり、口を開く。
「朝飯出来てるから行こう。キースも、そろそろ食べて仕事行かねぇと」
「そうだった!今日は、私は知らないが有名な芸能人が一日駅長をするらしくてね、楽しみだよ!」
虎徹とキースが楽しげに話ながら階段を降りていく。バーナビーもその背中を追って歩いた。
学校が近いカリーナや、定職のないイワンなど、バーナビー以外はまだ眠っているらしい。
明日は自分も研修が休みだ。それなら僕もこのくらいまで眠れるかもしれない。
いや、いつも通り早く起きて、明日は家事を少し手伝ってみようか。
研修が忙しく、アルバイトなどをしている時間が無い。それでも働かず何もしないのは少し心苦しい。
そんなバーナビーに、仕事を与えたのは意外にもネイサンだった。
「お願い、一日だけでいいのよ」
居間――虎徹の部屋に入ったバーナビーを待っていたのは、既にもう今すぐ仕事に行けるくらいに身支度の整っているネイサンだった。
ネイサンは朝食をとっているバーナビーの目の前に、最近流行りのファッション誌を突き付けて言った。
「どうしてもアタシのイメージにピッタリなモデルがいないのよ!アンタしか!」
「…モデル?」
虎徹が口を挟む。
「バニーには言ってなかったか?ネイサンはそのファッション誌の…なんか偉い人なんだよ」
「そう、だからモデルになってくれないかしら!」
「僕が?無理ですよ、経験ないですし」
首を振るバーナビーに、ネイサンは尚も食い下がる。
「経験なんて無くても大丈夫よ、私が手取り足取り教えてあげるから」
「で、でも、無理です、苦手なんですよ、そういうの」
「ね、お願い!今回だけでいいのよ…!」
アンタしかいないの、となかなか引かないネイサンに、バーナビーは溜め息をついた。
「…今回だけですよ」
「感謝するわハンサム!早速だけど撮影は明日なの、明日は朝からスタイリスト達と合流するから、よろしくね!」
バーナビーはもう一度溜め息をついて、「行ってきます」とだけ言って外に出た。