「食欲無いの?」
テーブルにつくのが皆より遅くなり、虎徹とバーナビーは後れて二人で夕食をとっていた。
部屋の隅を陣取るテレビの中では芸能人達が馬鹿騒ぎをしている。バーナビーにもこれが「面白い番組」らしいというのはわかったが、面白いとは思えない。馬鹿馬鹿しい無駄なものとさえ思う。
バーナビーはテーブルの中央にある皿の上の肉を2枚だけ取り皿にうつし、咀嚼した。元々少食なので今までこれくらいの量が普通だったのだが、虎徹から見ると少ないらしい。
「そんなことないですけど」
「そう?でもやっぱり疲れた顔してる」
虎徹は何枚目かわからない肉を頬張りながらバーナビーの方を見た。
「無理してねぇ?」
「…してませんよ」
「枕があってないとか」
「…大丈夫です」
「あ、布団足りてる?」
「…………」
バーナビーは冷めた目で虎徹を見てから、瞼を伏せて溜め息をついた。
「疲れもしますよ…例えばこんな風に質問攻めされたり」
「質問攻め、嫌?」
「嫌に決まってるでしょう。そもそも僕の体調があなたに関係あるんですか」
虎徹は「あるだろ」と言いながらバーナビーの取り皿に数枚の肉を乗せる。
何も言わないが、虎徹の目は「食え」と言っていた。
「家族の体調の心配をしない奴なんかいねぇだろ」
「家族じゃないって何回言えば良いんですか」
「うん……バニーちゃんはまずもう少し人間らしくなろうな」
虎徹に胡椒を手渡され、バーナビーは無言でそれを受け取った。不本意ではあるが、取り皿に盛られてしまった以上その数枚の肉は食べなければならない。
「バニーちゃんさぁ、アパート全体を家だと思うのは無理だって言ってたじゃん」
「言いましたね」
「一応ここは普通のアパートと違って全面壁で覆われてるわけよ」
鏑木荘は確かに普通のアパートではない。
アパートと言うよりも下宿所に近い造りになっている。
「下宿所寄りですよね」
「そう、下宿所!なのになんで全体を一軒の家だと思ってくれないのかを俺的に考えたわけだよバニーちゃん」
「はあ……」
虎徹はフォークの先をバーナビーに向ける。
「ということで明日から靴は玄関で脱いでもらいます」
「は?」
「あのポストがある辺りに下駄箱作っておくからさ」
今までは各部屋まで土足で上がっていた。部屋の中は畳なので土足では上がれず、部屋に入ったところで靴を脱いでいたのだ。
「通路を、靴を履かずに歩けと?」
「だから通路じゃなくて廊下だっつの!決めた、廊下だと思ってくれるように工夫する」
「工夫?」
「カーペットにする。廊下と階段、全部」
思い付きで実行するには大それたことを、虎徹はその場のノリのような勢いで話す。
バーナビーは半分呆れ顔でそれを聞いていた。
「真新しいカーペットを一階と二階の廊下、それから階段に敷く。だから靴は玄関で脱げ、いいな?」
「どうしてそんなことを…」
「だからお前が一軒家として見てくれないからだろ!」
「…そのためだけに?」
「あぁ、そしたら次は俺達のことを家族だと思ったりするかもしれねぇだろ、流れで」
バーナビーは齧りかけの肉をフォークにさしたまま、目を伏せた。その目は何を映すこともなく、視線は何もない机の上に落ちている。
「僕のためなら結構ですよ」
「なんで?」
「僕、すぐ転居しますから」
バーナビーの言葉に、虎徹は目を見開いた。
「…いつ?」
「マーベリックさんから連絡が来たら」
「そっか」
虎徹は「寂しくなるなぁ」などと言っていたが、生意気で可愛いげのない子供が転居するのにそんな感情が芽生えるはずがないとバーナビーは心で笑った。