「ご馳走様でした」
「え?」
誰よりも早く夕食を済ませ、バーナビーは席を立った。食器を洗い場に持って行き、それから部屋を後にして廊下に出たところで、虎徹がバーナビーの腕を掴んで自室に行くのを阻止した。
「バニーちゃん、風邪でもひいてる?」
「は?」
「だってチャーハンあんまりよそわなかったじゃん。てっきりおかわりするのかと思ってたのにそれもしないし」
食欲ないの?と聞いてくる虎徹に、バーナビーは実に鬱陶しそうに溜息をついた。他人に心配されるのは好きではない。
自分の食器に好きなだけご飯をよそって食べる方式だった今日の夕飯で、バーナビーは成人男性が食べるにしてはあまりにも少なすぎる量しかよそわなかった。
あとから追加してまた食べるのかと思えばそうでもなく、今自分の部屋に戻ろうとしていたところを、心配した虎徹が引き留めたところだった。
「あ、チャーハン嫌いだった?」
「別にそういうわけでもないですけど」
「じゃあなんで?カリーナより食ってなかったぞ」
食いつき方がしつこい、とバーナビーは思う。
(なんなんだこの人は。保護者になったつもりなのか?)
内心イライラしつつも、冷静な顔で口を開く。
「明日からいよいよ研究所に通うんです。その準備も色々ありますから忙しいんですよ」
「研究所?ああ、ロボット工学だっけ?」
「そうですよ。じゃあそういうことですから」
今までずっと捕まれっぱなしだった腕に絡みつく虎徹の手をぱしんと振り払って、バーナビーは虎徹に背を向ける。
そうして歩きだそうとすると、虎徹の声が背中に当たった。
「心配されんの嫌い?」
「……」
顔には出してないつもりだったのに、この人は妙に察しがいい。
振り返ると、困ったような顔をしてこちらを見る虎徹と目が合った。
まるで、子供を諭す親のような目、と思ったところでバーナビーは考えるのをやめた。
「……嫌いです。大嫌い」
「心配されんのが嫌なら、心配されるような行動するなよ」
「……心配しなきゃいいでしょう。他人にいちいち構うんですか、あなたは」
そう言うと、虎徹は表情を変えずに苦笑した。
「身体だけでかいガキだな」
「……っ!どういう意味ですか!」
「どーゆー意味でしゅかっ」
虎徹がバーナビーの言った言葉をそのまま繰り返す。裏声で、馬鹿にしたように。
思わず大きな声で文句を言い掛けたが、バーナビーは握った手に力を込めただけで我慢した。
鋭く睨んでくるバーナビーに、虎徹はまた苦笑いをする。
「あなたは僕のなんなんですか……あまり干渉してこないでくれませんか」
「家族なのに?」
「僕の家族は父と母2人だけです。後にも先にも」
「前にも言ったけどさ、家族と変わんねーだろ、俺たち」
「そんなに簡単に家族になられてたまるか……!」
壁を隔てた先の部屋にはここの荘の人達がそろっている。大声を出すとそれこそ面倒なことになるとわかっていたバーナビーは、怒気をはらんだ声で最大限に声量を抑えて言った。
「此処に来て後悔してます……全てにイライラする」
「住めば都ってやつだ、慣れだよ慣れ」
「こんな環境に慣れたらと思うとゾッとします」
うーん、と虎徹が首を傾げる。
何を言われても無駄だと言うように、バーナビーは深い溜息をついた。
「でも、良いやつらだろ、みんな」
「あなた達の家族ごっこも、全部くだらない」
そう言ってしまってから、バーナビーは少し後悔した。他人同士の馴れ合いを否定するつもりはなかったのに、つい口が先に出てしまったのだ。
前言撤回しようかと虎徹の顔を見たバーナビーは、瞠目した。
虎徹は、今まで見たことがないくらいにに冷めた顔をしていた。
「そうかよ」
虎徹がバーナビーに背中を向けて歩いていく。すぐに部屋に入ってしまい、すぐに姿が見えなくなった。
少し後悔した。
しかし、それで良かった。
構われなくなるのは自分が望んでいたことだ。その方が都合が良い。
バーナビーは明日の準備をすべく自室に戻った。