翌朝。バーナビーがこの下宿所に来て二日目。

まだ研究所での研究が始まっていないために暇を持て余していたバーナビーは、不動産屋のチラシを床に散らして睨むように見比べていた。
土地は、研究所に近くなっていくにつれ高くなっていく。別に払えない額ではないが、この比較的近くて段違いに安い下宿所の存在を知った中で選ぶのは少し気が引ける。

無意識に深い溜め息をついて、バーナビーは行儀悪く床に仰向けになった。
孤児院やマーベリックの家では絶対やらないことだったが、この部屋の雰囲気がそうさせたのだ。畳が意外と心地良いものだというのにも気が付いた。

「バニーちゃん」
「バーナビーです」

廊下に続くドアが開かれて、虎徹が入ってくる。
反射的に名前を訂正したものの、言うべきことは他にもあったとバーナビーははっとした。

「何勝手に入ってきてるんですか」
「え?あぁ…悪いな、癖で」
「悪い癖ですね」

悪びれた様子もなく軽く謝った虎徹が、唐突に話を切り出した。

「お前の隣の隣の…ええと、だから、スカイハイと折紙の部屋の隣だな。誰が住んでるか覚えてる?」

2階にある4部屋のうち、一番手前がホァンの部屋、一番奥が自分の部屋だ。そして自分の隣の部屋がスカイハイと折紙の部屋、大人組は1階にある。
となると。

「カリーナさん?」
「そう!お前記憶力すげぇな!」

続けて「若いっていいな」、などというようなことを話し出した虎徹の言葉を遮ってバーナビーが言う。

「で、カリーナさんがどうしたんです?」
「ああ、そうだった!それなんだけどさ」

本当に本題を忘れていたらしい虎徹がぽんと手を叩く。
玄関に立ったまま話していた虎徹が自分の背後にあるドアを開いて、片手で掴んだバーナビーの腕を引っ張り、外に出そうとした。

「な、なんですか」
「アイツ定期試験が近いんだって、だから勉強教えてやってくれ!なんか頭良さそうだし!」
「…僕理系ですけど大丈夫ですか?」
「あぁ、多分文系だけどまだ文理分かれてないから大丈夫だ。むしろ文系脳だから理系で躓いてる」

言いくるめられているうちに、徒歩10秒もかからない距離にあるカリーナの部屋の前に連れて来られていた。
じゃああとは頼む、と虎徹が下の階に降りていくのを見送って、バーナビーは視線をドアに向けた。
人と話すのが苦手な上にほとんど初対面の相手と話すことへの緊張感から、控えめにドアをノックすると、中からカリーナが返事をした。入れという意味だと受け取る。

「何の用?来週テストだから手短にお願い」
「えっ…いや、あなたの勉強を見てくれって虎徹さんに頼まれて…」

入ると、目に入るのは畳の部屋に簡単な洗面所。狭いキッチンに押し入れ。
自分の部屋と全く同じ造りなのに、可愛らしい小物や自分好みにカスタマイズしているらしいカーテンなどのせいか、そこは紛れもなく年頃の女性の部屋だった。

カリーナは座布団の上に座って、背の低い机にノートや参考書を広げている。
その側に立っていたバーナビーに、カリーナは不機嫌そうな声を出しておもむろに振り返った。

「はあ?頼んでないわよそんなの」

バーナビーはカリーナの隣にしゃがみ込んで頷く。

「…僕だってあなたには頼まれてないですけど…」
「なんでよ…あたしはタイガーに教えて欲しかったのに…」

口を尖らせて残念がるカリーナに、バーナビーは首を傾げる。

「タイガー?」
「あ…あぁ、タイガーって、虎徹の"虎"からとったあだ名」
「あなた、虎徹さんが好きなんですね」

何の気無しにバーナビーが言うと、カリーナは側にあった座布団を片手で掴み上げて目の前のバーナビーの顔にたたき付けた。

「っ痛…!」
「あんたデリカシーないわね!最低!」
「えっ…」
「もう良いわよ、早く勉強教えなさいよ!」

鼻を押さえるバーナビーをよそに、カリーナは参考書をペラペラとめくり、あるページを指差す。

「ここ」
「虎徹さんに教えて欲しいんでしょう?」
「いいの、タイガーはきっとあんたの為を思って、あんたに私の教師役を頼んだんでしょ」
「え?」

僕のため?とバーナビーは反芻する。するとカリーナはバーナビーを一瞥してから続けた。

「ここはみんなが何かしら家のために働いてるの。私は学校とか色々あるから夕飯作るの手伝うくらいだけど…みんなはもっと色々やってるの」

バーナビーが座ったまま黙って話を聞いていると、カリーナは持っていたペンを器用に指先でくるりと回しながら続ける。

「年少の子だって毎週末みんなの使うところを掃除してくれたり、あと折紙とかはいっつも買い出ししてる。大人の人達は、お給料、みんなの食費とかにあてたりしてるのよ」

くるくると回していたペンを指先に固定し、カリーナはペンの先をバーナビーに向けて言った。

「あんたまだ馴染めてないでしょ?こういうところから馴染ませてやろうっていう魂胆なんじゃないの?」

私の知ったことじゃないけど、と付け足してから、カリーナは参考書をめくり始めた。

(やっぱり面倒臭い家だ)

聞こうとも思っていなかったのに聞かされたその話が、何故かバーナビーの頭に強く根付いた。



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