「おかえり、そしておかえりなさーい!」
「戻りました、スカイハイさん」

ポスターの穴を通って部屋に戻ってきたイワンに、キースが声を掛ける。
壁に穴が開いているとは言え、イワン達の部屋側からもポスターを貼っているので、あまり騒がなければ一応声が漏れることは無い。

「謝ってくれたのかい?私達が彼の部屋を"隠し部屋"にしていたこと」
「はい。あと扇風機は僕達からのプレゼントだってことも伝えておきましたよ」
「そうか、ありがとう」

イワンとキースの部屋は決して2人分の広さなどではなく、1人分の広さだ。
小さくはない男2人が住むには、常識的には無理があった。
しかし生活が上手くいっているのは、平日はキースは仕事に行っているし、休日は2人共いわゆる「引きこもり」になっているからだろう。部屋の中をも移動しない生活は楽だ。

「スカイハイさん、今度ここのバイトの面接を受けてみようと思ってるんですけど、どう思う?」
「ん?接客業じゃないか、折紙君は苦手なんじゃなかったかな」

イワンは、人が苦手だった。
それはアカデミーの頃からだし、今だってまともに話せる相手と言ったらこのアパートの住人だけだ。
イワンは伏せ目がちに言った。

「はい、でもバーナビーさんと話せたんです。初めての相手と!なんだか接客業も出来るような気がして」
「素晴らしいよ折紙君!君ならきっと出来る!」
「はい!」

力強く頷いたイワンの肩を、キースが抱きしめる。
アメリカ系特有のオーバーな感情表現にたじろぎつつ、イワンははにかんだ。





荷物が届いたと虎徹に言われ、バーナビーは虎徹の部屋に来ていた。
3つの小さめの段ボールを見たところ、テキストや研究資料などではなく、マーベリックが仕送りしてくれた着替えらしい。着替えは早めに着いてくれて助かった。

「どうだ?住み心地は」

夕飯の支度も終盤らしい虎徹がバーナビーに問い掛ける。
この下宿所に来てまだ数時間なのに住み心地も何もないだろうと思いつつ、バーナビーは当たり障りのなさそうな感想を述べた。

「イワンさんとキースさんには会いました」
「おお、折紙とスカイハイか」
「?」

虎徹が言ったことが、バーナビーには理解出来ない。
あだ名か何かだろうか。

「あぁ、すまん、折紙ってのはイワンのあだ名でスカイハイはキースのあだ名だ」
「どうしてそんなニックネームが?」
「なんでだっけ?」

どこまで適当な男なんだろう。バーナビーが虎徹に抱いた感想はそれだった。
虎徹が作っている料理からは良い匂いがするし、部屋は片付けられていて綺麗だ。几帳面に見えるのに、性格は適当なようだ。

不意に、虎徹が「あぁ」と声を出す。

「思い出した。折紙とスカイハイはオンラインゲームで出会ったんだよ、そんときの名前だな。ハンドルネームってやつだ」
「オンラインゲームで…?」
「そう、そんでオフ会で仲良くなって今に至る、と」

人数分の食器を用意しながら、虎徹はちらりとバーナビーの方を見た。

「意外?」

バーナビーは素直に頷く。確かに意外だった。

「あいつらが俺のアパートを見付けたのも、ネイサンのブログを読んでなんだぜ?あ、ネイサンってこの階に住んでる奴な」

完全にネット人間だな、と虎徹は笑いながら話した。
バーナビーにはよく理解出来ない世界の話だった。

「2人はどうしてここへ?」

オフ会で会ってから、ここに住むことに決めるまでの経緯がわからない。
キースのことはよくわからないが、イワンは学校も行っていないようだし。

「スカイハイは…ポセイドンラインってあるだろ?あそこの社員だからここに住むと通勤が楽なんだと。折紙はなんだろうな、スカイハイとかなり仲良いしそういう繋がりかな」
「イワンさんは、お仕事とかは?」
「今はフリーだな」

フリーと言うのは、フリーターのことか。

「学校にも行かないで、仕事もしないなんて…」
「考えらんねぇ?」
「…考えられません。そんなの…人に迷惑掛けるだけでしょう、何もしないでいるだなんて」

バーナビーは、大学までは学校で学び、それから仕事の勉強をし、そして働きに出るというものが当たり前であり最低限の人生設計だと思っていた。今もそう思っている。
だから何もしないなんてことは正直考えられなかった。

「あのなぁ、バニーちゃん。勉強したり仕事したりするのだけが人生じゃねぇんだぞ。その点じゃ折紙はお前より真っ当に生きてる」
「…バニーちゃんってなんですか」
「なんかお前、放っておけオーラ出てる割に寂しがり屋な感じするから兎ちゃんみたいだろ?それに鍵にウサギ付いてたし」

虎徹は頭の上で、両手で兎の耳のようなものを作り、ぴょこぴょことそれを動かしてみせた。
それが人を馬鹿にするような態度に思え、バーナビーは床の段ボールを抱えると2階の自室に運ぶべく部屋に背を向けた。

「鍵のは貴方が勝手に付けたんじゃないですか。とにかく貴方に僕の人生をどうこう言われる筋合いはありません」
「カリカリすんなって、バニーちゃん」
「バニーじゃなくてバーナビーです」

新しい物件を探そう。
バーナビーは心に固く誓った。


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