「お待たせしました」

小さなトレイを持ったバーナビーが、美味しそうな匂いを引き連れてリビングに入って来る。
遠くからだとそれが何なのかわからなかったが、匂いからして何かパンのようなものだろうか。

「…って、なんで勝手に座ってるんです?」
「え?いや椅子コレしか無かったからよう…」

バーナビーはあからさまに嫌そうな顔をして「まぁ、良いですけど」と言った。
俺の、可愛いげが微塵もない相棒は、こんなに寛大だっただろうか。

手渡されたトレイに乗っていたのは、ベーコンやチーズの乗った、適量のスコーンだった。

「ありがとうバニーちゃん。これ、俺用?」
「僕はもう食べましたから。それ僕の二食分なんですけど、あなたにはそれくらい要るでしょう?」

どう見ても、どう考えてもこの量は一食分だ。
これを2回に分けて食べるなんて、とてもじゃないが足りないだろう。

「これ二食分なのかよ…もっとちゃんと食えよ」

俺がそう言うと、ふて腐れたようにこちらを見据えるバーナビーが短く溜め息をつく。

「余計なお節介です」
「いや、でも…」

可愛くない相棒とは言え、そんな生活でヒーローをやるなんて心配すぎる。
それを伝える前に、バーナビーはくるりと背を向けた。

「じゃあ今度こそ寝ます。おじさんは床で寝て下さい」
「ゆ、床!?」
「…一応敬意を払って椅子も許可します」

今の台詞のどこに敬意があるのかはわからなかったが、一応椅子で寝ることを許可された俺はそれを言うのはやめた。
それに、今の会話は、泊まっていいと許可されたのと同じなのだ。

でも、一回だけ無茶を言ってみる。

「ベッドはダメ?」

それを聞いたバーナビーの顔は、この上なく酷かった。

「僕が使うんですけど」
「うん。だからさ、添い寝」
「嫌です」

やはり駄目だったか。
俺が潔く諦めたところで、バーナビーが気になる言葉を残して去って行った。

「絶対、部屋には入って来ないで下さいね。絶対ですよ」

窓の外では、凄まじい豪雨の中で雷が激しく鳴り出していた。

バーナビーのいなくなったリビングで、俺は思う。
あんなに気になることを言われて、気にせずに過ごせるわけがない。

白い閃光と、光とともに訪れる地響き。
ゴロゴロと酷い音を立てる雷は、周囲に暗明を撒いていた。

こんなに凄い嵐が来るとは思わなかった。
やはりブロンズステージに戻ろうとしなくて正解だったと確信する。

豪雨も雷に負けじと、バリバリと音を立てて木々を破壊していく。
こんな被害も、2・3日すれば元通りに修復されるあたり、シュテルンビルトの復旧作業員は凄い。

楽しい。嵐は楽しい。
もちろん晴れの日は心地良いが、雨も、雷も、大好きだ。

そういえば、バーナビーは眠れているだろうか。
こんな騒音の中では、眠れないだろう。

ふと思い立って、キッチンに向かう。
勝手に使ってしまって良いのかと一瞬考えたが、怒られたらその時はその時だと頭を切り替える。

あまりにも使った痕跡らしい痕跡の無い、綺麗すぎるキッチンで簡単なホットミルクを作り、俺はバーナビーの寝室を探す。
長年生きた勘なのか、寝室はすぐに探すことが出来た。
片手でノックをして、ドアを開ける。
返事を待つということは、俺の頭からは綺麗に忘れ去られていた。

「バニーちゃん、寝れてるか?こんなうるさいと眠れねぇだろ、ホットミルク作ってやったぞ」

返事が無い。

一人で使うにしては広く大きいベッドの掛け布団に、丁度人が丸まって寝ているような丸みがある。そこにいるのは明らかだ。

「…バニーちゃん?」

布団に潜ったまま眠ってしまったのだろうか。
ぽん、と起こさないように気をつけながら布団に軽く手を付くと、微かに振動が伝わってくる。寝息なのか何なのかは、その時の俺にはわからなかった。
そのまま優しく撫でていると、なんだか昔、楓にそうやってあやしていたのを思い出してしまった。

しばらく撫で続けていると、布団から声が漏れた。

「……っ、ぅ、」
「バニーちゃん?」

何かと思って、彼の顔に掛かっている布団をまくる。
俺は本気で心臓が止まるかと思った。

「バ、バニーちゃん、どしたの」
「…ふ、…ぇ…っ」

ボロボロと泣いているバーナビーの両脇に手を入れて、上半身を起こさせる。
どうした、と繰り返し聞きながら彼の頭を撫でると、バーナビーの嗚咽はさらに酷くなった。

「怖い夢でも見たか?」

その質問に、バーナビーはふるふると首を振った。それから、小さな声で言う。

「…雷…っ、怖いんです…」

子供のように泣きじゃくりながらそう告げるバーナビーの様子は、本人には失礼だがとても可愛らしかった。

「…雨も…、…っ、昔を、思い出して、しまって…っ」

彼の言う"昔"がなんなのかはわからない。でも、聞きだそうとも思わなかった。

「…、雨の日はずっと一人で泣いてたのか?」
「…ちが…、そんな、ことは…っ、」

ベッドの上にぺたんと座っているバーナビーに視線を合わせ、俺は彼の細い両肩を掴む。
覗き込むように目を合わせようとするが、彼は手を目に当てて泣いてしまっていて目は合わない。

「じゃあ、今日はなんで泣いてるんだ?」
「…今は……っ、あなたが、優しくするから…っ」

わんわんと泣きじゃくるバーナビーは、子供のようだ。いや、実際まだまだ子供なのだろう。
可愛すぎる、俺の可愛くない相棒を、俺は自分の腕の中におさめた。
胸で泣くバーナビーの背中を摩りながら、俺は彼の行動を振り返る。

俺を家に上げたのは、雷の夜を1人で過ごすのは怖くて寂しかったからだろう。
夕飯まで用意してくれたのは、今晩帰らせないため。
そして、震えているのを見られたくなくて部屋に入るなと念を押した。

「バニーちゃん」
「…っ、なんですか…」
「今日は一緒に寝ようよ。このままで良いから」

このまま、と言いながら俺は、俺の背中に力一杯しがみつくバーナビーの手を撫でる。
俺に抱き着いて安心出来るなら、しがみついたまま寝れば良い。

「……はい」

まだバーナビーは涙を零していたが、声はもう泣いてはいなかった。



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