夕方から降っていた豪雨が、更に一段と強く降り出した。
もう夜遅く、飲んでもいない限り寝ているような時間だった。
シュテルンビルトは昔、酷い水害に遭い莫大な被害が出たと言う。
それが原因で街が三層構造になったらしいが、それはもう俺が生まれる前の話だ。
要するに、他人事。
俺は、豪雨とか雷雨とか、嵐が好きだ。なんだか幼い頃の冒険心が蘇ると言うか、わくわくする。
俺はこんな嵐の日には家の中で、嵐の声を聴きながら酒を飲むのが至高だと思っている。
しかし世の中そう上手くはいかないもので、俺は今傘を片手に、既に閉まっている小さな商店で雨宿りをしている。
遠くで雷が鳴っているのだ。
ここはゴールドステージ。家に帰るにはかなり遠い割に雷はすぐ近くまで来ている。
雷の中で傘を差すのは流石に危険だろう。しかし自宅のあるブロンズステージに戻ろうものなら、戻っている間に雷に襲われてしまう。
(……あ)
不意に、閃いた。
(バニーちゃんの家、こっから近いな)
不意に浮かんだのは、普段全く馬の合わない可愛いげのない相棒の顔だった。
押し掛ければ確実に面倒がられ、罵倒や文句を何十と聞かされるに違いない。
それに、俺だってあまりあいつとは関わりたくなかった。
バーナビーが嫌いなわけでは無いが、わざわざプライベートで会うには少し可愛いげが無さすぎる。
しかも、時刻は既に、バーナビーがもう寝ているとしてもおかしくは無い時間だった。
そこまで考えたところで、密着取材だかなんだかで見たバーナビーの家の内装を思い出す。
確か、とんでもなく大きな窓があった。
(あの窓で雷を観賞出来たら、楽しいかもしれない)
ゴロゴロと空が唸る音をBGMに、俺は歩きだす。
バーナビーに嫌がられたら、その時はその時だ。嫌がられなければ、一緒に雷を楽しめば良い。
家に大きな窓のあるバーナビーが、素直に少し羨ましかった。
(……寝てるかな)
寝ているとしたら押すのは悪いな、と少し気を引かれながらドアの前のインターホンを押すと、しばらくしてバーナビーが応答する。
『はい』
「あ、バニーちゃん起きてたか!」
『…、…何の用ですか』
小さく溜め息をつくのが聞こえたが、めげずに対応する。
「近くに用があって来てたんだけど、嵐来そうだからさ。入れてくれねぇ?」
『………今開けます』
そこでプツンと切れた通信に、俺は瞠目する。
まさかこんなに簡単に開けてくれるとは思わなかったのだ。
少し待つと、バスローブ姿のバーナビーがドアを開けてくれた。
身体からはまだ湯気がたっており、今まで入浴中だったことが伺えた。
「悪い、邪魔した?」
「いつ来たって邪魔ですから」
どうぞ、と呟きつつも悪態を吐く姿は、仕事の時に見るバーナビーの姿そのものだった。
「もう僕は寝ますけど。何か食べました?」
「あーいや、食ってない」
そうですか、と素っ気ない返事をしたバーナビーが、リビングから出ていく。
しかし、ドアをくぐったところで止まり、そのまま振り返って俺に言った。
「店屋物しかありませんけど、待ってて下さい」
「え?あ、うん」
キッチンに向かって行ったらしいバーナビーの背を目で追う。
視界から彼の姿が消えた途端、自然に大きく息を吐き出す自分がいた。
見た目では気付かれないようにはしているが、まだ俺はバーナビーに対して接するときに緊張しているというか、内心ではぎくしゃくとしている。
重ねて言うが、決して彼のことは嫌いではない。でも苦手だ。
人間じみたところが無く、本気で接し辛いのだ。
家に行けば何か生活空間から汲み取れるものがあるかもしれないと思っていたのに、今来て見たらどうだろう。生活空間らしい空間はどこにも存在しなかった。
喜怒哀楽が無いのだろうか、とも感じてしまう相棒の部屋で、俺は彼が戻ってくるのを待った。
雷もいよいよ近づいて来ていた。