目が覚める。
出来るならもっと早く覚めてほしかった。
ベッドの上で上半身を起こすと、自分が酷く汗をかいていることに気付く。
息も荒いし、心臓の音も煩い。
額に手を起き、先程見た夢を思い返す。
「……あー」
素敵な夢だった。
とても幸せなその夢を忘れようと、寝返りを打って二度寝を決め込んだ。
「どうしたの?嫌な夢でも見たの?」
朝、楓はバーナビーをいつも決まった時間に起こしに来てくれる。朝早く起きられるのは楓の習性だろう。
しかし、今朝バーナビーの部屋に入った楓が見たのは、ベッドの上で片手で頭を抱えるバーナビーだった。
バーナビーは楓の言葉に、おはよう、と返してから続けた。
「ううん、素敵な夢だったよ」
「へぇ…どんな?」
楓は、上半身を起こした状態のバーナビーの太股部分に、彼に向かい合うように乗り、その首に腕を回した。
バーナビーもその小さな背に手を回す。
「楓ちゃんがね…」
「私が?」
「結婚する夢」
お互いの顔はわからないが、楓は自分の背に回っているバーナビーの手に少し力が篭められたのに気が付いた。
「綺麗だったよ、ウェディングドレスも着てた」
「…じゃあ、なんで魘されてたの?」
バーナビーの耳元で、小さく囁くように問い掛ける。
楓は、隣接した部屋で聞いていた。夜中、バーナビーが確かに魘されていたのを。
「…僕は魘されていたかな」
「うん」
そう頷かれて、バーナビーは考える。
起きたときの汗や動悸、荒くなっていた息。
確かにアレは、"素敵な夢"を見たあとの状態では無い。どちらかと言えば、アレは悪夢を見たあとの状態だ。
「もしかして」
バーナビーの肩に頭を乗せたまま、楓が明るい声を出す。
「バーナビー、私が結婚するの嫌なの?」
「……え?」
「そうだよきっと!」
耳元でケタケタと笑う楓を、バーナビーは強く抱きしめる。
その、いつの間にか"愛しい"と思ってしまうようになった彼女を、確かに手放したくないと思う自分がいた。
不意に、楓がバーナビーの唇に触れるだけの拙いキスをする。
「大丈夫、私が好きなのはバーナビーだけだよ」
「…うん」
楓が顔を離して笑いかけると、バーナビーも微笑んだ。
バーナビーの太股から降りた楓は、部屋の出口に向かって小走りで移動する。
「お父さん起こしてくるね!」
「あぁ、うん、行ってらっしゃい」
ドアの向こうに消えた楓を目で見送り、バーナビーは仕事に行くための身支度を始めた。