あらあら、どうなさいましたか?
そうですか、それはそれは…失礼、つい笑ってしまいました。
すぐにタオルを持ってきますね。
浴場ももう使えますので是非お使い下さい。このまま入浴なさりますか?
わかりました、では浴衣を用意しておきますね。


くすくすと笑いながらも親切に対応してくれた女将さんに頭を下げ、大浴場を使わせてもらう。
夏と言えど濡れたまま風に当たれば当たり前に身体は冷える。虎徹とバーナビーはゆったりと温泉に浸かった。

歳からか、逆上せてしまいバーナビーよりも先に湯を上がった虎徹は、入浴にしてる間に脱衣所に用意しておいてもらった浴衣に着替える。
ついでにそこに設けられている自動販売機に売っていた冷たいフルーツオレを買った。

そのタイミングで、ガラッと音をたてて浴場のドアが開く。

「お、出たか」
「お待たせしました」

湯を上がり、まだ濡れたままのバーナビーの髪をタオルで出迎えてわしゃわしゃと拭く。
そのくらい自分で出来るから、と言ってバーナビーは虎徹の手を止めさせようとしたが、虎徹は手を止めなかった。
バーナビーもそれに負け、されるがままになった。

「ん、じゃあ浴衣着せるぞ」
「…お願いします」

身体を乾かしてから、虎徹はバーナビーに浴衣を着せる。
二回目となるとバーナビーも着せられ方を覚えていて、それはスムーズに行われた。

「はい」
「…?なんですか、これ」
「フルーツ牛乳」

受け取るのを催促するように虎徹が牛乳瓶をバーナビーの目の前に突き付けると、彼はそれを丁寧に「ありがとうございます」と言いながら片手で受け取る。

「っ、冷たい」
「美味いよ」
「頂いてみます」

脱衣所に備えつけてある木の長椅子に腰掛け、冷たい瓶に口付けて中身を味わう。

何口か飲んで、バーナビーは瓶の中のものをまじまじと見詰める。

「ん?美味しくなかった?」
「あ、いえ、美味しいです…すごく」
「だろ?湯上がりにはコレって、大体相場は決まってんだよ」
「そうなんですか」

そんなに容量は無いため、すぐに飲み干したその空き瓶をバーナビーから受け取り自分のものとまとめて捨てる。
こんな、なんてことのないやり取りをするのも、出会った当初からは信じられないことだった。
出会ってすぐのときは日常会話もままならなかった。
挨拶を交わすのだって、苦労したものだ。

それが、いつの間にかこんな関係になっていた。
もちろんそれは虎徹だって望んでいたことだった。ただ、バーナビーが虎徹に抱いていた感情は「親愛」を超えてしまったのだ。

恋慕。
人間は、自分と違うものに惹かれると言うが、それなのだろうか。
虎徹だってバーナビーが"好き"だ。ただ、バーナビーの望む"好き"になど到底なりえない。

自分は、バーナビーとどう接すれば良いんだろう。
"忘れて下さい"と言われたあの言葉をもう一度言われたとき、自分はなんと答えるのだろう。

「先輩、あれはなんですか?」
「ん?どれだ?」

反射的に「ビルだ」と答えそうになる口を抑え、バーナビーの指差す方を見る。
バーナビーが指差す方向にあったのは、脱衣所の壁に貼ってあるポスターだ。

「ポスターだな」
「それくらいわかってますって」

からかわれたのだと思ったのだろう、バーナビーは虎徹の言葉にむすっとした表情になる。
虎徹は、悪い悪いと軽く謝りながら解説してやる。

「お好み焼きっつって、…なんだ、まぁ、そういう食べ物だな」
「食べ物だろうとは思ってましたけど…」

正直言って、なんて説明したら良いのかわからない。
虎徹は頭をわしわしと掻きながら、提案する。

「そーだ、昼飯はお好み焼き屋行かね?朝は開いてなかったけど、近くにそういう店あるから」
「あ、はい」

提案に「はい」とだけ答えるバーナビーに、虎徹は確認をとるように言う。

「嫌だったら嫌って言えよ?」

すると、バーナビーはふるふると子供のように首を振った。

「まさか。…先輩の選んたお店なら、どこだって大賛成ですよ」
「…そっか」

語尾にいくにつれ声量が小さくなったその言葉に、虎徹は安心する。
安心するのと同時に、心の中には焦りが広がっていった。



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