「馬鹿ですか」
「…そんなハッキリ言わなくても」
「馬鹿ですよね」
「…はい」
海水浴場にある施設の、所謂シャワールームで虎徹とバーナビーは上半身を露出させていた。
シャワールームと言っても、出来るのは足を洗う程度のことで、個室ではなく1つの部屋にシャワーが沢山付いているタイプのシャワールームだった。
虎徹とバーナビーは上に着ていたシャツを脱ぎ、雑巾のように絞る。
絞る度にぼたぼたと水滴を溢れさせるシャツを手すりに引っ掛け、虎徹は下半身に衣類を纏ったままシャワーを浴び始めた。
「…服濡れますよ」
「時、既に遅し」
使い方どころか言葉自体合っているかあやふやな諺を言い放ち、虎徹は頭から冷水を浴びた。
「…確かにもう濡れてますけど」
「な?だから」
虎徹は、勢いよく冷水を放出させるシャワーの口をバーナビーの方に向けた。
「っ、…冷た…っ!」
直接肌に浴びる冷水は思いのほか冷たく、それを頭から被ったバーナビーは思わずしゃがみ込んでシャワーに背を向ける。
「と、止めて下さい!」
「ごめんごめん」
ケタケタと笑いながら、虎徹はシャワーを止める。
真っ白く滑らかな背を露出させるバーナビーを直視出来ないまま、虎徹もその場に座った。
「冷たいじゃないですか…タオル貸して下さい」
「え?」
虎徹が思わず聞き返すと、バーナビーも同じ反応をする。
「え?」
「俺もバニーちゃんに借りようと思ってた…タオル」
「!?」
そう言われてバーナビーは虎徹の方に振り返る。
その顔には隠しきれない焦りが滲んでいた。
「つくづく使えない人ですね…!」
「お前だって持ってないんだろうが!」
理不尽な侮辱に虎徹が言い返すと、バーナビーは華麗なスルーを決め込んだ。
「どうするんです?着替えに一旦帰るにしたって、この格好で外を歩くのは…」
「下着も濡れてる?」
「誰かさんのお陰で、完全に」
虎徹は濡れきった服を目の前に開き、頭を捻る。
「下はもう濡れたままでいるしかねぇな」
「…上は?」
「濡れたもんをまた着るのもなぁ」
濡れた服を着続けるのはまだしも、一旦脱いだものをまた着るのは凄く気持ち悪い。
虎徹は脱いだ服はそのままに、上半身裸の状態で外に向かった。
「どこに行くんです?」
シャワーの下で座ったままのバーナビーに声を掛けられ、虎徹は振り返る。
「そこにTシャツ売ってたから買ってくる」
「僕が行きますよ」
「駄目だ。バニーちゃんは顔知られてんだろ?有名人が上半身裸で売店ってのはちょっとな。だからそこで待っててくれ」
好きだから、なのかはわからないが、バーナビーはなるべくなら虎徹に迷惑を掛けたくなかった。
だから率先して自分が買いに行くと言ったのだが、虎徹の言い分はもっともなもので、バーナビーは言いくるめられてしまった。
「…わかりました。お願いします」
そう言って虎徹を見送った数分後。
戻ってきた彼が手にしていたのは、2枚の全く同じTシャツだった。
「1種類しか無かったから我慢してくれ」
「……っ」
それは、所謂ペアルックと言うものではないか。
バーナビーは受け取った1枚を手に、頭を抱える。
とりあえず着てみたが、目の前にいる好きな人も同じものを着ているわけで。
これで外に出られる、と外に向かう虎徹に反して、バーナビーは一向に外に出ようとしない。
虎徹はバーナビーの様子に、眉を顰る。
「…やっぱ、嫌?」
バーナビーは軽く首を振る。プライドが大きく首を振るのを邪魔し、本心が頷くのを邪魔して曖昧な返事しか出来なかったのだ。
(――嫌な訳ないじゃないですか!嬉しいです!…けど!)
「…恥ずかしいです、誰かに見られたりしたら…」
「あー…うん、じゃあ」
虎徹は、ズボンに引っ掛けていた自分の帽子をバーナビーの頭に被せた。
「まだ恥ずかしいかもしれねぇけど、これで誰もお前がバーナビーだなんて思わないだろ」
「…!」
虎徹は、バーナビーに被せた帽子を目深になるようにずらしてから、彼の腕を引く。
「風邪引かないうちに一旦戻ろうぜ」
「っ、はい…」
引かれる腕や、被せてくれた帽子、そしてお揃いのTシャツ。
バーナビーは自分の顔にどんどんと熱が集まっていくのを感じながら、腕を引かれるままに歩いた。