穏やかな海風がふいている。潮の匂いが心地良かった。
蕎麦屋の店主に、この近辺で遊べるところは無いかと聞いたところ、少し歩いた所に海水浴場があるという話を聞くことが出来た。
そして今2人がいるのがその海水浴場だった。
海辺の砂浜を歩くと、砂が柔らかく足が砂に埋まっていく。
「靴が汚れてしまいますね」
「あぁー、確かに」
波打ち際を歩けば、靴は湿ってしまうだろう。
虎徹は行儀が悪いと思いながらも靴を脱ぎ、両手で持った。
「おお、気持ち良い」
裸足で直接砂浜を歩くと、素肌に暖かく柔らかな砂を感じることが出来る。
「バニーちゃんも脱げよ、気持ち良いぞー?」
「結構です」
「ガラスとか落ちてねぇから危なくもないし…、一回やってみろって、気持ち良いから」
「……」
虎徹がしつこく勧めると、渋々といった風貌でバーナビーが立ち止まる。
「…気持ち良くなかったら恨みますから」
「物騒なこと言うなよ…」
立ち止まったバーナビーは、片足で立ってブーツを脱ぎ始める。このタイプのブーツは脱ぐのが意外と面倒臭い。
すると、バーナビーが紐を解いているその時。
海辺の強い風の中でも一層強い風が吹いた。遠くで女の帽子が飛ばされている。
「……っあ」
片足で立っていたためバランスが取れなくなっているバーナビーの。
身体は、虎徹に支えられていた。
「…大丈夫か?」
「…っ、大丈夫です、離して下さい」
前方から身体を包み込むようなかたちで支えられたバーナビーは、自分の頬が熱くなるのを感じながら虎徹を突き放そうと手で押す。
そんなバーナビーに構うことなく、虎徹はずっと腕を離さなかった。
「脱ぐまで支えといてやるよ」
「……」
恥ずかしいからやめてほしかったのだが、ここで拒否すると逆に怪しまれるだろうかと考えたバーナビーはそのままの状態で急いでブーツを脱いだ。
虎徹は、バーナビーの真っ赤に染まった顔を見逃してはいなかった。
(…夜のやつ、本気だったのかな)
昨晩、寝ぼけているのかどうかわからない状態のバーナビーに言われたあの一言。
あれは本気だったのかもしれないと、虎徹は今更ながら思う。
(好きだ、って言われたら)
虎徹はバーナビーの身体を支えながら、顔を歪めた。
(俺は、どうするんだろう)
ブーツを脱ぎ終わったバーナビーが、砂に両足をつける。
「どう?気持ち良いだろ?」
「…熱い」
太陽が真上へと昇りつつあるその時間の浜の砂は、熱くなっていた。
「歩いてれば慣れるって」
「そこ、歩きたいです」
虎徹の袖を無意識に掴んだバーナビーが「そこ」と指差したその場所は、実際に波が届くところだった。
「濡れんぞ?」
「熱いのより気持ちよさそうじゃないですか」
そう言うなりズボンを膝まで捲り上げたバーナビーは、さっさと波の方へと歩いていった。虎徹も真似して捲くると、彼の後を追う。
「良い感じに冷てぇな」
「そうですね」
あまり綺麗とは言えないが、その海水は冷たすぎずぬるくもなく、丁度良い温度だった。
だから、虎徹はつい調子に乗る。
「バニー」
「なんですか……、…っ」
ざば、と派手な音を立て、バーナビーは全身に海水を浴びる。否、バーナビーが海の中に倒れる。
虎徹がバーナビーの腕を強く引っ張り、相手を海の中に倒したのだ。
座った状態だと腰の高さまである水に浸かりながら、バーナビーは声を張り上げる。
「な、何するんですか!」
そんなバーナビーに、虎徹は腹を抱えて笑った。
「隙だらけだなバニーちゃんは…っあ!」
笑い続ける虎徹に、バーナビーは素早く立ち上がって抱きつく。
それと同時に身体を大きく傾け、自分を巻き込んで虎徹を海に突き倒した。
「おいおい、びしょ濡れじゃねぇか!」
「先にやったのはそっちでしょう」
発想が子供なんですよ、と海の中で座ったまま呆れたように呟くバーナビーに、虎徹は両手で掬った海水を勢い良くかける。
「っ、…先輩!」
怒りをぶつけるように、バーナビーも虎徹に水を掛け返す。
そんな馬鹿らしくて下らない、子供のようなやり取りを。
側にいた何組かのカップルに遠目で見られつつ、延々と繰り返した。