ぐき、と鈍い音が響き、虎徹がその場にしゃがみこんだ。
その体勢のままでいる虎徹の肩を、バーナビーは右足で思いっきり蹴る。
実家から戻ってきた虎徹は、バーナビーの家に来ていた。
辞表のことや能力のこと、虎徹が全てをバーナビーに話したところだった。
バーナビーが立ち上がった虎徹の腹部に拳をいれると、虎徹は低く短く呻いて少しよろける。その背を蹴ろうと持ち上がったバーナビーの脚を両手で掴み、その片足で立つ身体がバランスを崩したところに虎徹が殴りかかる。
虎徹がバーナビーに全てを話してから約30分、2人はずっとこんな調子で殴り合っていた。
互いに言葉を交わさないまま、何度と無く殴り殴られ、蹴り蹴られ。
髪を引っ張り合ったりもしていた。
そのうち、鳩尾に肘を入れられて虎徹が前のめりに倒れた。
それをバーナビーがここぞとばかりに蹴り入れる。
何度も蹴られた虎徹は、そのまま床に身体を投げ出す形で横になった。
間髪を入れずにその虎徹の身体に跨り、右手で左手で、バーナビーは交互に虎徹の頬を殴る。虎徹を殴り続けるその顔は、苦痛に歪んでいた。
黙ったまま行われていたその取っ組合いに、やっと声音が加わる。
「…そんな顔すんなよ、それじゃどっちが殴られてんのかわかんねーよ」
「……」
「な、バニーちゃん」
虎徹がそう言って頬を撫でれば、バーナビーは相手を殴る手を止める。
すると。
「隙あり!」
「…なっ」
横になっていた虎徹が勢い良く身体を起こし、今度は逆に虎徹がバーナビーの身体に跨った。
そして素早い手つきでバーナビーの眼鏡を外すと、その手で相手の頬を殴りつける。
「う……っあ、痛い、です…先輩…!」
「なんだよ?自分で"好きなだけ殴っていいから殴らせろ"っつったの忘れたのか?」
バーナビーが先程まで自分にしていたように、虎徹も左右の頬を交互に打つ。
目をぎゅっと瞑り、バーナビーは両腕で顔を庇うような姿勢を取っていた。
「先輩、やめ、…一旦、止めて下さい!」
その切羽詰った様子に、虎徹がバーナビーの身体から降りる。
バーナビーは上半身を起こすと、何かを確かめるような手つきで口元を拭った。
「どした?」
「…口切っちゃいました」
「マジかよ」
虎徹はポケットからハンカチを出してバーナビーの口元に当てた。
しばらくその状態が続いたあと、バーナビーが痛む唇で小さな声で呟いた。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」
絞るように言われたその言葉は、酷く虎徹の胸に突き刺さる。
「…言おうとは思ってたんだけどよ…、なかなか言い出せなくて」
「…でも、スッキリしました」
もっと怒られるだろうと予想していた虎徹は、そのバーナビーの一言に目を見開いた。
反してバーナビーは、小さく笑って言葉を続ける。
「あなたが僕に言ってくれなかった分、それから僕があなたの異変に気づけなかった分。きっちり殴って殴られましたから」
「もっと怒ると思ってた」
「勿論腹立たしいですよ。でもこれは別にあなたが僕を信用してなかったから言わなかったんじゃないことくらい、僕でもわかりますよ」
にこ、と笑ってバーナビーは虎徹の頭をくしゃりと撫でる。
「泣きそうな顔してますよ。子供っぽいなんて、人のこと言えないじゃないですか」
「うるせー」
日頃のお返しだと言わんばかりに子供扱いしてくる相棒の手を払いのけ、虎徹は苦笑する。
そんな虎徹に釣られてやんわりと笑ったバーナビーは、虎徹の手からハンカチを奪いながら立ち上がった。
「さぁ、今後のこと考えますよ」
「考えりゃ、なるようになるよな!」
「なんとかなりますよ、多分」
適当さが虎徹に似てきたな、なんて自嘲気味に笑いながら。
バーナビーと虎徹は今後の活動について話し合うと称して、卓上にあったワインの栓を抜いた。