「バーナビー、どうしたんだい?そんな顔をして」

僕は変な顔をしていただろうか。
マーベリックさんが夕飯に作ってくれたスパゲティーを食べていると、目の前に座る彼がそう声を掛けてきた。

「僕、どんな顔してました?」
「ん?疲れているような顔だったかな」

こちらを覗くマーベリックさんは、なんだか心配そうな顔をしていた。
何だか、僕に故障が無いかどうかを確かめる研究者のような、そんな顔に見える。

いや、何を考えているんだろう。
僕を拾って育ててくれたマーベリックさんに対して、そんな訝しい感情を抱くなんて、どうかしている。
やっぱり疲れているのかもしれない。

「そうかもしれません。最近よく眠れないので」
「どうしたんだ?嫌な夢でも見るのかい?」
「いえ、そうじゃなくて」

不眠の原因は、考えごとのようなものだ。
最近、なんだか色々な場面でデジャヴのような錯覚を起こす。
まだ一度も経験したことが無いのに、いつか経験したことがあるような気がしてしまうのだ。
それも、普通のデジャヴでは無い。むしろこれはデジャヴとは違うものなのかもしれない。

例えば、朝目が覚めて隣に誰もいないのが酷く寂しかったり。
例えば、仕事に行くときに大切なものを忘れて行っているような気がしたり。
例えば、夜眠る前に飲むミルクを、誰かが持ってきてくれると思ってしまっていたり。

浴槽は、ベッドは、部屋は、僕の家は、こんなに広かっただろうか。
そこにも違和感があった。
そもそも、自分は他にも居場所を持っていなかったか?

そんなことを考えてしまっている。
不眠の原因はコレだった。


別にマーベリックさんに相談するようなことではないと思っているから、彼には何も話していない。
恩人にこれ以上迷惑は掛けたくないから。
でも、どうしても1つだけ聞きたいことがあった。

「マーベリックさん」
「ん?」

とても、大切なものがあった。
記憶が曖昧だからそれを誰に与えてもらったのかは覚えていないが、これはとても大切なものだった。

「僕のことをバニーって呼んでたのは、あなたですか?」
「……」
「呼んでくれていた人がいたのですが、…随分前のことだったのかもしれません、記憶が曖昧で」


自分を、「バニー」と呼んでいた人が確かに存在したはずなのだ。
その愛称はすごく恥ずかしくて、やめてほしかった。
でも、認めたくはなかったが、呼ばれているうちに掛け替えの無い大切なものになっていたのだ。

「呼ばれていたのは確かなんです。でも誰に呼ばれていたのか、全く思い出せなくて」
「……それは、確か君のお母さんだ。エミリーがそう呼んでいた気がするよ」
「…そうなんですか」

ちょっと、がっかりした。
無意識に肩を落とすと、マーベリックさんがそれに機敏に反応してくる。

「どうしたんだ?」
「…あぁ、いえ…、…実は、…バニーっていう愛称、すごく好きだったんです。恥ずかしかったけど…でも本当に好きだったんです」

マーベリックさんはスパゲティーを弄るフォークの動きを止めて、僕の話を真摯に聞いてくれる。

「でも、母さんだったら、もう僕をバニーって呼んでくれる人はいないってことですよね」

それが、酷く寂しかった。
また呼んで欲しかった。
優しくて、全てを包み込んでくれるようなあの声で、もう一度。

「…バニー」

僕に同情するように眉を顰るマーベリックさんが、優しい声音でそう呼んでくれた。
鼓膜を揺らすその心地好い声で、"バニー"と。
でも。

「…ありがとうございます、マーベリックさん。…でも、なんだか違いました」
「そうか…。すまないね、私は君の心を埋められないらしい」

いえ、そんなことはないですよ。
そう言いたかったのに、言葉が出て来なかった。




もう一度、バニーと、呼んで下さい。
あなたの声で。





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