バーナビーは、意外と不器用だ。
前に野菜の皮を向かせてみたら、指を切るんじゃないかと本気で怖かった。

自分の不器用さはわかっているらしく、最初は手伝うと申し出てくることもあったバーナビーは、今では料理している間は全く手を出してこない。
しかし、料理は苦手だが嫌いでは無いらしく、今だって料理をする俺の後ろからバーナビーはそのさまを見ている。

「卵は先にかき混ぜるんですよね」

ボウルに入った、生卵を指差してバーナビーが言う。
何度か作って見せているうちに、なんとなく覚えてきたらしい。

「あぁ、フライパンに直接入れるより先に混ぜてっから入れた方が良いんだ」
「やって良いですか?」

これくらいなら出来ると思ったらしい。
なんて可愛いんだろう、と心の中だけで思いながら俺はバーナビーに卵を手渡した。

ガツ、とキッチンの台に生卵をぶつけ、バーナビーはボウルの中に中身を開ける。
後からその中に入ってしまったらしい卵の殻を指で摘んで出していたのは、見なかったフリをした。

カシャカシャと音を立てて、卵を一心に掻き回すバーナビーの姿は、母の料理を手伝う楓の姿によく似ていた。
色々なものに奪われていったこの彼の成長は、やっと少しずつ元に戻りだしているのだろうか。
当たり前のことを当たり前にしていけているのだろうか。





「頂きます」
「…いただきます」

俺と食事するようになってから言うようになったその食事の挨拶をして、バーナビーはスプーンを手にとり皿の上のチャーハンをほぐし始める。

「お前、卵上手くなったな」
「…混ぜて入れるだけじゃないですか」
「最初はそれも危なっかしかったぞー?すぐ零してたし」

言わないで下さい、と恥ずかしそうに言うから、俺は口を閉じてやる。

スプーンで掬い口に入れたチャーハンは、1人で作るそれとは比べものにならないくらい美味しい。
モグモグと咀嚼するバーナビーの顔は、なんとなく幸せそうに見えた。

すると。


「…バ、バニーちゃん?」

スプーンに乗せたチャーハンを口に入れようとする、その何度目かの動きをぴたりと止めて、バーナビーは突然涙を零した。
右手は、チャーハンの乗ったスプーンを皿に置くような位置で動かさず、左手は涙の零れる眼を拭っている。

「…どした?美味しくなかった?」

そう聞くと、ふるふると首を振ったバーナビーが小さく口を開ける。

「そうじゃ、なくて」
「うん?」
「なんか、幸せなんです」

それ以上は言葉に出来ないと、そう言うかのように口を閉じてしまったバーナビーの顔は歪んでいた。
笑っているみたいに、幸せそうに歪んでいた。


他の人には普通の、それこそ普段気にも留めないような当たり前のこと。
人と触れ合って、話して、一緒に飯を食べて。
そういうことを全部知らなかったバーナビーにとっては、そんな他愛の無いことがいちいち幸せに感じられるらしい。

同情と言うとどうなのかわからないが、正直に言えばこれは"可哀相"だと思う。
両親や居場所と一緒に、目に見えない色々なものをも奪われていったそのことが、"可哀相"だと思う。

幸せになって良いんだよ、と。
復讐しても何も帰って来なかったけれど、代わりにこれから目一杯幸せになって良いんだと、どうすれば伝わるのだろうか。

「バニーちゃん」
「…?」
「明日は何食べたい?」

せめて、明日の居場所も俺が作ってやれたら。

「…チャーハンで」

目に涙を湛えながらもにっこりと笑うバーナビーは、本当に綺麗だった。




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