「バーナビーさん、かっこいい!」
虎徹との結婚について何も知らないホァンやカリーナ達が、控え室で座るバーナビーの横ではしゃいでいる。
「でも折紙さん達は知ってたのに、なんでボク達には言ってくれなかったの?びっくりしたよ、急に来週結婚するとか言うんだもん!」
「私にも何も言わなかったわよね、ハンサム?」
「私も聞いていなかった!とても寂しかったぞ、とても!」
口々にバーナビーに文句を言うヒーロー仲間達の顔は、幸せそうなものだった。
「すみません…急に決まったものですから」
「そうなの?」
今日は、バーナビーの結婚式だ。
マーベリックが相当な資産家であることやコネを駆使したことなどによって、式の準備はバーナビー本人も驚くほどに早かった。
式と言っても豪華なものではなく、マスコミなどに来られてもあまり良くないということから身内だけを呼ぶ簡単なものだ。
一応ちゃんとした教会で挙げるが、身内以外は誰も来ない。
「で、タイガーは?」
ネイサンが、ふと思い出したように呟く。
バーナビーはその名前を聞いた瞬間、反射的に肩が上がる。
「…さぁ…、後から来るんじゃないでしょうか」
「そう…あ、お相手さんだわ」
ドアを静かに開けて入って来たのは、バーナビーの結婚相手である、大資産家の一人息子の男だ。
「バーナビー、式まであと10分だよ」
「…あ、はい」
それだけ言ってパタリとドアを閉めて行った男を目で見送り、その場にいた全員がバーナビーを見る。
「ねぇ、今の人が結婚相手?」
「結構かっこいいじゃない」
「そう、ですか…?」
どこか無愛想な結婚相手に、女性陣は少し浮かれ気味にはしゃぐ。
その中で、イワンがぽつりと呟いた。
「…タイガーさんは?」
「え?」
イワンがそう言うと、周りのみんなは表情を変える。
何言ってるの、とホァンが笑う。
「タイガーは後から来るって言ってたでしょう、折紙さん」
「…っ、そうじゃなくて!」
イワンが、大きな声を出す。
状況を把握出来ていない他のヒーロー達の中で、自分でも思っていたより声が出てしまったイワンはそれ以上何も言えずに俯いてしまった。
その中で、アントニオが口を開いた。
「俺も、気になってたんだ。でも言っちゃいけねぇような気がして…」
「……」
虎徹との結婚のことは、バーナビーはイワンにしか言っていない。だとすると、アントニオには虎徹が言ったのだろう。
「…え、何?どういうこと?」
沈黙に包まれてしまった室内で、カリーナが動揺したようにバーナビーに聞く。
その質問に観念したバーナビーが口を開いた。
「…虎徹さんと、婚約してたんです」
「は!?」
一同が一斉にどういうことだと騒ぎ出す。
その、投げ付けるように次から次へと降り懸かってくる質問をまとめて返すべく、バーナビーは鏡台の鏡を見詰めながら口を開いた。
「半年くらい前に虎徹さんと、婚約したんです。でも結婚するための条件をマーベリックさんに出されて…達成出来なかったんです、それを」
「そんな…」
「だから、諦めたんだと思います。僕も諦めました」
マーベリックさんが紹介してくれた方なんですよ。いい人に決まってる。僕は幸せ者ですよ。
そう呟いたバーナビーの言葉の語尾が震える。
泣いているのだ、とその場にいた全員が理解した。
「――嘘」
「…?」
カリーナが肩を震わせながら、鏡台に座るバーナビーの前に屈み込み、下から顔を覗き込む。
「幸せなんでしょ?だったらその顔は何!?」
その言葉に、バーナビーが涙を滲ませたままの目を見開く。
「今のアンタ、悪いけど全然幸せそうに見えない!」
「…ブルーローズ、」
「ボクも、バーナビーさんが幸せそうには見えないよ」
叫ぶカリーナに、ホァンも続く。
それから、その場にいた全員がバーナビーに思いをぶつけた。
「タイガーが好きなんでしょう、ハンサム?」
「私はバーナビー君が幸せになれない結婚なんて、祝えないな…」
「僕も、バーナビーさんが好きでも無い人と結婚するなんて、そんなの…!」
アントニオが、バーナビーの肩に手を置いて言った。
「バーナビー、虎徹はな、お前がプロポーズにOKしてくれたって言った時、アイツの嫁さんが亡くなったとき以来ずっと見てなかった表情をしてた。それくらい、嬉しかったんだよ。虎徹は絶対お前と結婚したがってる、本当に諦めきれてなんかいねぇよ」
「…そんなの!」
バーナビーが、頬に何本も涙の筋を伝わせながら叫ぶ。
「僕だって諦められませんよ!でも、でももう何もかも手遅れなんですよ…あと5分で式が…っ!」
バーナビーが本格的に泣き出した瞬間、ドアをノックする音が聞こえる。バーナビーの表情が凍りつくのがわかった。
「バーナビー、あと5分もないよ、出てきなさい」
「…はい!今行きます!」
「…!」
結婚相手の資産家の声に返事をしたのは、バーナビーの姿になったイワンだった。
「折紙先輩…!?」
「バーナビーさん、虎徹さんのところに行ってください。時間は稼げて精々5分程度だと思います…だから、早く」
そう言うなりドアの向こうにイワンが消えていく。
その途端、キースがバーナビーの腕を掴んだ。
「怪しまれないように、みんなは宴席に行っててくれ!」
みんなが、わかった、と答えて部屋から出て行く。出て行く直前にみんなが放った言葉が、バーナビーの胸に刻み込まれた。
バーナビーは能力を発動させたキースに掴まれ、窓から外へと出た。
ふわりと地面に着地したバーナビーに、キースは言う。
「私も行くよ、怪しまれてしまうからね。とにかくここを離れるんだ、すぐに気付かれてしまうから」
「…わ、わかりましたっ」
教会の建物の外に一人残されたバーナビーは、とにかく敷地の外に出ようと走り出した。