あのあと、つい雑談が弾んでしまい、今日はもう遅いから泊まって行きなさい、とマーベリックに勧められる。
マーベリックが就寝する部屋のすぐ横の豪華な客間に案内され、虎徹はこんな高級そうなところに泊まっていいのかと思いながら部屋を借りることにした。
バーナビーはマーベリックの部屋で一緒に寝ると言った。
親子水入らずで話したいこともあるだろうと、虎徹は了解する。
その夜だった。
虎徹は、静まり返る真夜中の部屋のベッドの上で、一人考えていた。
(友恵は、どう思うかな)
これについては今だけでなく、バーナビーと付き合い始めるときにも考えたことだ。
友恵は自分が一人でいることを望んではいない。そう思っても、やはり後ろめたさは残る。
――なぁ、友恵。
やっぱり俺、バニーちゃんと結婚したいよ。
バニーちゃんってわかるだろ?アイツだよ、いっつも俺んち来る度にお前に挨拶するやつ。
俺さ、本当はアイツのこと好きじゃなかったんだよな。どっちかと言うと苦手な部類。いけ好かない野郎だなって思ってた。
コンビ組みはじめた頃、お前にいっぱい愚痴ったよな。新人が気に食わないって。あんときは愚痴聞かせちまって悪かったよ。
でも何故か段々打ち解けて来てさ…なんでかはわかんねーけど。
…あぁ、今なんかわかった気がする。アイツが「人に対して思いやりが無い」んじゃなくて「人と付き合った経験が無かっただけ」だって気付いたんだ。それから段々打ち解けて来たんだ。
不器用で、中身は子供で、人が傷付くことばっかり言うやつだけどさ。
友恵、アイツは悪いやつじゃねぇんだ。
お前も知ってるだろ?
幸せにしてやって、良いかな。
その時、部屋の外で絶叫のような叫び声が聞こえた。
「…っ!?」
虎徹は驚いて飛び上がる。
部屋の外で聞こえた叫び声は、バーナビーのものだ。聞き間違える訳がない。だらし無く着崩した寝間着もそのままに、虎徹はマーベリックの寝室に飛び込む。
ノックなんてものも忘れていた。
「バニー!」
見ると、バーナビーはベッドの上でペたりと座り込み、頭を抱えて何やら唸り声を上げている。
マーベリックは、ベッドの横でそんなバーナビーの背を摩っていた。
「バニー、おい、どうした!?」
「わからない、寝ていたら急に…」
何も答えないバーナビーに変わってマーベリックが答える。
何処かが痛むのかとも思ったが、それにしてはバーナビーの状態が異常すぎる。
目を大きく見開き、全身で荒い息をするバーナビーの身体はガクガクと震えていた。
「バニー、大丈夫か?」
「…っ、あ……嫌…」
「どうした?どっか痛い?」
そう言って虎徹は、ベッドの横に座り込み、バーナビーの顔を覗き込む。
顔は、異常なまでに青かった。
「バニー…」
「嫌だ…っ!」
それまでは身体を震わせ荒く息をしているだけだったバーナビーが、突然すぐ側にいた虎徹の顔を手の甲で殴った。
それよりは、虎徹の視線を振り払おうとした手が虎徹に当たった、といった方が正確かもしれない。
「どうした、バニー」
「…っ、う…」
この様子は、怖い夢でも見たのかもしれない。
怖い夢というのは昔の夢だ。
虎徹はバーナビーがたまにこうなってしまうのを知っていた。実際に虎徹がその状況に立ち会ったこと無いが、前に自分で言っていたのだ。昔の夢を見ると現実と夢が混同してしまうと。
多分今バーナビーはその状況なのだろう。
「大丈夫だバニー、落ち着いてくれ」
「…嫌だ、嫌……」
「バニー、俺だ、わかるだろ?」
過呼吸にでもなりかけているのか、ろくに息も出来ず苦しそうな声を漏らすバーナビーに、虎徹は手を伸ばしてすぐに引っ込めた。
結婚まで、本当にあと少しなのだ。今更約束を破るなんて出来ない。それもマーベリックの目の前で。
「…バニー、ごめんな、」
「……っあ…」
虎徹は短く謝罪し手を出すのをやめた。
が、すぐにそれは破られた。
「っ……助…け……」
助けて。
バーナビーがそう口にした瞬間、反射的に身体が動いてしまった。
ガクガクと震える身体を、自分の腕の中に収める。
耳元では小さく、空気を切るような声が聞こえた。
「バニー、ゆっくり息して」
「…っは…」
背中を摩ると、バーナビーの身体から少しずつ力が抜けていく。
バーナビーは涙でぐしゃぐしゃになった顔を虎徹の肩に埋めた。
バーナビーを落ち着かせることでいっぱいだった虎徹の頭の中は、段々冷えていくにつれてマーベリックとの約束のことに支配されていった。