「戻りました」
「バニーちゃん、おかえり」
短い挨拶をしてオフィスに入って来たバーナビーに軽く返事をし、イワンに渡されたものを手にとる。
「なぁ、昨日イワンと何話してたの?」
「…?何故、先輩がそれを…」
「あーいや、イワンから聞いたんだわ。ほいコレ」
タオルを渡すと、バーナビーはそれを受け取って自分の机に置いた。
「洗わなくて良いって言ったんですけどね。律儀な人だ」
「イワンは律儀だよなぁ」
彼の、腰を折ってのお辞儀を思い出して口元に笑みが漏れた。
「悩み、アレですよ。スカイハイとの…」
「あぁ…」
イワンがキースの事を慕っているのは周知の事実だ。それを知ってか、彼本人も隠そうとはしていなかった。
むしろ、周りからの応援を糧にしている。
そんな彼の想いも虚しく、キースは誰か俺達の知らない女性に恋をしてしまったらしい。
その事は俺達にも衝撃的だったし、もちろんイワンにも相当ショックを与えた。
彼はその事で悩んでいたのか。
タオルは、きっと涙を拭くためのものだ。
しかし、それにしても。
「なんでバニーちゃんに相談したのかねぇ」
今までから考えると、こういう時に彼はネイサンや俺に相談していた。
それなのに何故バーナビーに相談をしたのだろう。
「最近の折紙先輩、僕と仲良くしてくれてるんですよ」
ふふ、と笑うバーナビーが珍しく子供みたいに見えて、つい顔が綻んでしまった。
「なんででしょうかね」
「歳が近いってのが大きそうだな」
「そうかもしれませんね、…あ」
バーナビーの携帯電話が鳴った。
初期設定のままらしい無機質な電子音が部屋に響く。
失礼します、と俺に一礼し、バーナビーが電話に出た。
「もしもし。…あ、ブルーローズ……、はい、…大丈夫ですよ。…わかりました。それじゃあ」
カリーナが相手らしいその短い通話を終え、バーナビーは携帯電話の電源ボタンを押す。
「カリーナ?」
「はい、夕食一緒にどうかって。ご両親が外出してるみたいで」
「ふーん…」
面白くない。
いや、面白くないを通り越して、なんだか不快だ。
感じてはいけない感情がぐるぐると頭を過ぎる。
バーナビーを、取られたような気分だった。
別に俺の所有物じゃないんだから、と思っても、この気持ちはなかなか消えてくれない。
――バニーちゃんの気を引きたい。
そんな事を考えると、バーナビーがカタンと席を立った。
「飲み物買ってきます」
「あ、俺が買ってくるよ。何が良い?」
考えるよりも先に口が動いた。
バーナビーが少し戸惑ったような顔をする。
「…え、良いんですか?」
「ついでだからさ」
「…じゃあ、何かジュースを」
コーヒーだの水だのを注文されると思っていたのだが、予想は外れた。可愛い。
「それじゃあ僕、ロックバイソンにお借りしてるものがあるので返して来ます。ありがとうございます」
どうやら、俺が買いに行く事によって出来た時間で別の奴に会いに行くらしい。
これが空回りというやつか。
文句の1つでも言いたい気分だったが、行ってらっしゃいと彼を送り出した。