「残念だよ。見張りも沢山付けていたのに、しっかり約束を守ってくれてしまっているようで」
昼過ぎにマーベリックのところへ来た虎徹とバーナビーに、マーベリックは笑いながら嫌味をぶつけた。
虎徹もそれを笑って受け流す。
「本当は家の中だけなら、とか約束を破ってくれるんじゃないかと思っていたんだがね」
「そんなはずないじゃないっすかー。確かに寂しかったですけど約束は約束ですから!」
陽気に答える虎徹の横で、バーナビーが眉を顰める。バーナビーは実際に家の中だけなら、と虎徹に肌を求めていたからだ。
「式場の予約とかは…3日前くらいまでに言ってくれたらなんとでもなるよ」
さすがメディア王、と虎徹は感心する。が、そんな急に予約したらスタッフ達が大変だろう。遅くても1ヶ月前くらいに予約したい。
そう虎徹は思うが、バーナビーはなんだか一刻も早く結婚したそうだった。
もうすぐで、約束を交わしてから半年になる。
半年経ったら、籍を入れられる。
そして、籍を入れたら、やっと触れることが出来る。
長い間、お互い相手に寂しい思いをさせつつも我慢してきたものが、ようやくもうすぐ報われるのだ。
「バニー、お前はいつ結婚したい?」
「…半年経ったその日にでももう結婚したいです」
「はは、そっか」
けたけたと笑う虎徹を見て、マーベリックはバーナビーに声を掛ける。
「バーナビー、悪いがコーヒーを淹れてきてはくれないかね?全員分」
「はい」
マーベリックに言われて、バーナビーが席を立って簡易キッチンに向かう。
彼の執務室の近くには、そういったスペースも完備してあった。
「私は」
虎徹と2人だけになった部屋で、マーベリックが口を開く。
「私は、バーナビーが生きがいなんだ」
「…社長…」
「バーナビーだけが私の宝物だ」
マーベリックはそう言ってから、虎徹の目を見詰めて続けた。
「私が結婚を反対していると言ったら、バーナビーが何て言ったと思うかね?」
「…?」
「自分は完璧な人間なんかじゃない、でも足りないものは全て君が持っていると、そう言ったんだよ」
虎徹は、その言葉に目を見開く。
そんなことを思ってくれているとは思っていなかった。
「君達はよく似ているね」
「…どっちかと言うと真逆な気が……」
「いや、部分的には真逆なんだがね」
マーベリックは、ふ、と息を吐き出してから言った。
「向かっている方向はいつも同じだ」
「……」
「私はあの子が幸せならそれでいい」
向かい合わせに座って、目を合わせながら。
マーベリックは虎徹に言う。
「あの子を幸せに出来るのは、私では無いらしい」
「…社長…」
「約束を守れないような軽い人間には譲る気が無いが、君がもし誠実な人間なら」
マーベリックが、虎徹に僅かに笑い掛ける。
「その時は、バーナビーをよろしく頼むよ」
「お待たせしました」
そのタイミングで部屋に入って来たバーナビーから、マーベリックは今まで何事も無かったかのようにコーヒーを受け取る。
虎徹にもコーヒーを手渡したバーナビーが、自分用のそれを両手で持ちながら虎徹の隣に腰掛ける。
窓から見えるシュテルンビルトは、夕焼けに染まっていた。