「すみませんマーベリックさん、遅くなってしまって」
「構わないよ。こっちこそ急に呼び出してすまなかったね」

バーナビーがマーベリックに言われるままにソファーに座ると、客用の紅茶を出された。
軽く頭を下げてそれを口に付けると、マーベリックが口を開く。

「虎徹君とはどうだね」
「…っ、…どうって…?」

いきなり聞かれて、バーナビーは少し咽る。
けほけほと咳をしていると、マーベリックが優しく背中を摩ってくれた。

「ああ、急に聞いて悪かったね」
「いえ…、大丈夫です」

ハンカチで口元を拭っていると、マーベリックが再度尋ねてくる。

「約束はちゃんと守っているかい?」
「はい…」
「良い子だね、バーナビー」

バーナビーの頬に触れるだけのキスをして、マーベリックはバーナビーの向かい側に腰掛ける。

「もう一度聞いてほしい。あの男に君を渡すのはとても勿体無いと思うんだ」

マーベリックは、自分の発言の意図を図ろうとこちらを見つめてくるバーナビーの瞳を見つめ返し、慎重に言葉を選んで言い聞かせる。

「君は私が大事に育ててきた。私が自分でも驚くくらい、君は立派に成長してくれたね」
「…」
「私は君のことを誇りに思っているよ」
「マーベリックさん…」

両手で暖かいティーカップを包み込み、バーナビーはマーベリックの言葉を耳に刻み込む。
紅茶が熱すぎないのは、バーナビーの好みを知ってのことだ。
普段マーベリックが自分で飲むときは、風味が落ちるからという理由で絶対に熱いまま嗜む。それでもバーナビーがいるときだけはぬるくしておいてくれるのを、バーナビーは知っていた。

「能力や性格、称号、それから容姿まで、どこにも非の打ち所が無い完璧な人間なんだよ君は。それなのに、あんな男の手に渡ってしまうのがすごく残念なんだ」
「…」
「どうしても結婚したいと言うのかい?脅されているとかでは無いだろうね?」
「そんなことはありません…」

マーベリックは、心配していた。バーナビーが、好きであんな男と結婚したがっているとは思えなかったのだ。
脅されているんじゃないかと、そう本気で心配していたのだ。

「そうではありません。これは正真正銘、僕の気持ちです」
「…そうか…」

そう言われて、マーベリックは安心したのか逆にもっと辛くなったのか、自分でもわからなかった。

「それに」

バーナビーが紅茶に視線を落としたまま、言葉を紡ぐ。
1つ1つ、ごちゃごちゃに絡まった「言いたいこと」を解しながら話す様は、バーナビーが子供のころと全く同じだとマーベリックは思う。

「僕は、完璧なんかじゃありません。マーベリックさんのお陰でここまで来れましたが、沢山、足りてないものがあるんです」
「バーナビー…」
「でも、僕に足りないものは、全部あの人が持ってるんです」

人間は、自分に無いものに惹かれていくという。
まさにそれなのだろうか、とマーベリックは思う。

マーベリックから見ればバーナビーは「完璧」を具現化した存在であり、絶対の存在だった。何が足りないのかなんて想像すら出来ない。
今までずっと、バーナビーにとっての全てであるマーベリックから「君は完璧だ」と言い聞かせていたから、きっとバーナビーも自分が完璧なんだと思っていたはずだ。
それでも盲目的に信じていたそれを疑い、自分を見つめなおし、足りないものを見出し、そして他人と比較し、バーナビーは自分と全く違う人間に惹かれていった。

そういうことなのか、とマーベリックは頷く。

「バーナビー、君は私の大切な友人の遺した宝物であり、私の子供だ」
「…はい」
「妻子の無い私にとって、君は生きがいだった」

一口だけ紅茶を啜って、一瞬溜めるように間を置いてからマーベリックが話を続ける。
その声が、話し方が、バーナビーはとても好きだった。

「富とか、名誉とか、称号とか、そんなものよりも、バーナビー、君が大切だった」
「…それは過去の話ですか?」

幼少の頃と変わらない顔で、バーナビーは問いかける。

「…いいや」

ふふ、と笑いを零しながら、マーベリックは答える。

「これからも、そうだね」

紅茶は既に冷めていたが、それは優しい味がした。



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