※空折要素有(折空でも可)



「どうしたんですか?なんか元気無いですけど」
「あ…折紙先輩」

バーナビーがトレーニングルームにある硬めのソファーに座っていると、バーナビーと同じくトレーニングウェアを着たイワンが話しかけてきた。

「なんていうか…上手くいってないんですか?」
「…そういうわけでは…、…そうかもしれません」

明らかに肩が落ちたバーナビーの様子にイワンは、言ってはいけなかったのかもしれないと少し焦った。
しかしバーナビーは、イワンが予想をしていないことを言った。

「折紙先輩こそ、最近どうなんですか?」
「え…っ、僕ですか…?」

予想をしていなかったためにイワンの声が上擦る。
その様子に苦笑しつつ、バーナビーは話を続けた。

「彼のこと、ご両親に紹介したんでしょう?」

彼とは、スカイハイことキース・グッドマンのことだ。
彼らは付き合い始めてからもう長く、ついにお互いの両親に紹介したのだと聞いていた。

「キースさんのご両親はとっても良い人達でしたよ、僕にもすごくフレンドリーに接してくれて」
「折紙先輩のご両親は?」
「僕の両親は、最初は嫌な顔してたんですけど。でもキースさんがしっかりしてくれてたから、結構手応えありました」

そう言って笑うイワンは、本当に幸せそうだった。
羨ましいという気持ちよりも、妬ましいと感じてしまったバーナビーは自分を嘲笑う。

「良かったですね」
「はい!お蔭様で…まだ説得したとは言えないけど、でもなんとかなりそうです」

隣に座ってへらりと笑ってみせるイワンの頭を、バーナビーはそっと撫でた。
妬むなんてどうかしている。自分達だって、十分幸せなのに。
バーナビーは自分に言い聞かせるように、心の中で反芻する。

「バーナビーさん、僕で良かったら、話聞きますから」
「え?」
「なんか、その…悩みとか、愚痴とか、そういうの」

バーナビーは、イワンが自分に気を遣ってくれているのがわかった。
ありがたいのと同時に申し訳無く、それから情けない。

「…じゃあ、聞いて頂けますか」
「…!はいっ」

そう切り出したバーナビーに、イワンは心なしか嬉しそうな声を出す。
話を聞かせるのは、相手にある程度の信頼がないと出来ないことだ。不謹慎ながらに嬉しいのだろう。
バーナビーはそんな年下の先輩に微笑んでから、話を続ける。

「虎徹さんの娘さん達とは話がついたんですけど、マーベリックさんは少し難しくて」
「…駄目って?」
「いえ、そうは言われませんでした。でも条件を出されたんです」

条件?とイワンは聞き返す。
このトレーニングルームで他のヒーロー達がそれぞれトレーニングをする音をBGMに、会話は続けられた。

「結婚するまで、虎徹さんが僕に触ってはいけないんです」
「そんな…」

イワンが驚いた顔をする。
その顔を見て、バーナビーはこの条件が普通ではないことを悟った。

「やっぱり、変ですか?」
「変って?」
「僕、あまりこういう知識なくて…。こういった条件を出されるのって、やっぱり普通では無いんですか?」

イワンもなんとなくわかっていた。バーナビーには、良識は合ってもたまに常識が抜けている。
こういったことに無縁の人生を歩んで来たバーナビーには、この"条件を出される"ということが普通なのかがわからないのだ。

「…あー、まぁ、普通じゃ…ない…かな」
「…やっぱり、そうですか」

バーナビーが肩を落とす。
その落ち込みぶりは見ていて気の毒になるくらいで、イワンはバーナビーの辛苦の顔から目を逸らした。

「…触りたいって、言ったんです。彼」

バーナビーがぽつりと呟いた言葉に、イワンは黙って耳を傾ける。

「なのに、僕のせいで無理させて、我慢させて…虎徹さんは我慢してくれているのに、我慢してくれていることに僕が我慢出来ないんです」

この前、虎徹本人にぶつけたことを、またぶつける。
自分でも自分が面倒くさくて、バーナビーは深く自己嫌悪した。

何度言葉で言われても、自分という生き物はそれに満足出来ないらしい。
見える形にしか納得できない、いつから自分はそんな弱い人間になってしまったのだろう。

「気にするなって、僕のせいじゃないって言ってくれはするんですけど…、…駄目ですよね、僕が先に我慢出来なくなるなんて」

トレーニングルームのかたいソファーに座っているバーナビーは、自分の足元に視線を落としたままそうつぶやいた。
やっと聞き取れるくらいの声量のそれに、イワン眉を下げて聞き入る。

「バーナビーさん…」
「…怖いんです。触ってくれないと、本当に愛してくれているのかもわからなくなってしまって。本当に、僕は、どうしようもない…」
「バーナビーさん、大丈夫ですよ」

イワンは、自分でも驚くくらいはっきりとした声でそう言った。
自分はもちろんバーナビーも驚いて、イワンの方を見る。

「だって、触ってくれないってことは、タイガーさんはバーナビーさんと結婚したいってことじゃないですか」
「……っ」
「タイガーさんだって寂しいと思うし、でも、なのに触らないってことは、…なんて言えば良いのかわからないんですけど……それだけ想いが強いってことじゃ、ないんですか」

威勢良く言った言葉もだんだん勢いが無くなっていくが、自信だけはあった。

「大丈夫ですよ、見ててわかります」
「え…?」
「タイガーさんは本当にバーナビーさんが好きなんだって」

人間監察をする癖が付いているお陰で、虎徹を監察しているうちにイワンは気付いていた。
虎徹が、トレーニング中やミーティング中、仕事中だっていつもバーナビーの方を気にすること。
バーナビーと話しているときの虎徹の表情が、すごく幸せそうなこと。
それはもう、羨ましさを通り越して、妬ましいくらいに幸せそうなのだ。

「だから、大丈夫ですよ」

イワンも、自分だって十分幸せなのだと思っている。
でも、それ以上に虎徹とバーナビーが幸せそうに見えていたのだ。

「…っ、折紙先輩、ありがとうございます…」
「あーもう、泣かないで下さいよ?仮にもキングオブヒーローなんですから」
「泣いてませんよ!」

自分はいつから年上の後輩をからかえるくらいに偉くなったんだろうと思いつつ、イワンは笑った。
釣られて微笑むバーナビーの背中をぱしんと叩き、イワンはトレーニングルームに入って来た虎徹に視線を向ける。

「タイガーさん来ましたよ。行ったらどうですか?」
「…はい」

立ち上がって虎徹の方に数歩歩いてから、バーナビーはイワンの方に向き直る。
それから、ありがとうございました、と軽く頭を下げると、バーナビーの背は虎徹の方へと去っていく。

「…お似合いだなぁ」

イワンはこれから始まるであろう、いつもの軽口の叩き合いに耳を澄ませた。



[ 13/20 ]

[*prev] [next#]

[目次]
[しおりを挟む]
112


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -