繁華街から帰宅し、思いの外帰りが遅くなってしまったのでそのまま部屋に戻って就寝したその日の、翌朝。

相変わらず食事を自分の部屋で1人でとった楓は、縁側にいる虎徹とバーナビーの元に行った。
見慣れない、黒いTシャツを着たバーナビーに、楓は声を掛ける。

「バーナビーさん」
「…楓ちゃん!」

楓の声に、バーナビーはパッと振り返る。そしてにっこりと笑うと、自分の座っている場所から少し横のところを手で叩く。
座れ、という合図だ。

「…怒ってないの?」
「うん?」

おずおずとバーナビーの横に腰掛けて、楓は視線をさ迷わせる。

「なんか飲み物持って来るわ」
「あ、はい」

気を利かせたのかどうなのか、虎徹は立ち上がって奥に引っ込んだ。
この場に残ったのは、楓とバーナビーの2人だけだった。

「…私、バーナビーさんに酷いこと言って…」
「…楓ちゃん」

縁側に座り、屋外へ投げ出したまだ小さく頼りない足に目を落とし、楓は小さな声で呟く。

「…ごめんなさい…」
「…謝るのは僕の方だよ。いきなり、…結婚なんて言い出して」
「…ねぇ、」

もう、バーナビーからは顔が見えないくらいに俯いたまま、楓は涙声で続けた。

「…お父さんは、お母さんと私のこと、嫌いになっちゃったの?」

バーナビーは瞠目する。
楓がそんなことを考えているなんて、思っていなかったのだ。

「そんなことはないよ、絶対に」
「…じゃあ、」

バーナビーが、虎徹が自分にしてきたように、優しく楓の頭を撫でた。
すると、楓が顔を上げてバーナビーの方を見る。その顔は、既に涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「バーナビーさんは、私のこと、嫌い?」
「どうして?そんな訳ないじゃないか」

バーナビーが楓の両肩に手を置く。
肩を大きく震わせて、大粒の涙を零しながら楓は続けた。

「…だって…私、…バーナビーさんに、沢山…酷いこと…」
「…楓ちゃん…」

しゃくり上げる合間に言葉を紡ぐ楓の小さな身体を、バーナビーは抱きしめる。
片手は、自分の肩にある小さな頭に、もう片方の手は背に置いた。

「…寂しいのは…、…一緒だったのに…っ」

泣き止むどころか次第に酷くなっていく楓の泣き方に、バーナビーの目にも涙が浮かぶ。
バーナビーの肩は既に楓の涙で濡れそぼっていた。

「昨日、お父さんに、色々聞いて…、考え直したの」
「…うん?」
「私、ちゃんとわかったよ…っ、バーナビーさんは、私のことも考えてくれてた」

鼻を啜り、酷い嗚咽を抑えることなく楓は泣きつづける。

「自分ばっかり、寂しいんだと思って…っ、なんでも持ってる人が、なんでお父さんを盗ってくの?って…そう思ってた」

そして、楓が"ごめんなさい"と延々と繰り返すのを聞いているうちに、ついにバーナビーの頬を雫が伝った。

「…バーナビーさんは、…お父さんのこと、…好き?」
「…好きだよ…、…大好き」
「私は…?」
「…っ、楓ちゃんも、もちろん大好きだよ…」

溢れ出したバーナビーの涙は、箍が外れたように次から次へと流れ出る。
楓に負けないくらいに泣き出したバーナビーは、必死に嗚咽を堪えた。

「楓ちゃん、ありがとう、本当に」

むせび泣きながらバーナビーがそう言うと、楓は泣きすぎて咳込みながら腕に力を込めた。
自分の背に回る小さな手に力が入ったことに気が付き、バーナビーも手に力を入れる。

「バーナビーさん、…お父さんのこと、絶対、幸せにしてくれる?」
「……約束は、出来ない、…けど」

バーナビーは、酷い涙声で続ける。

「…虎徹さんと結婚したら、僕は絶対、幸せになれるよ…」

一緒に、幸せにしてもらおう。
そうバーナビーが続けると、楓は声を上げて泣き出した。
釣られたようにバーナビーも声を上げる。



何事かと縁側に戻ってきた虎徹が見たのは、泣きながらも幸せそうに微笑んで強く抱きしめあう2人の姿だった。





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