翌日、虎徹は楓を連れて、オリエンタルタウンにある繁華街に来ていた。
「久しぶりだな、2人でこうやって歩くの」
「うん!」
楓は、虎徹と繋いでいる手を強く握り締める。虎徹もそれに気が付いて、握り返した。
虎徹と楓は、雑貨屋や玩具屋などを回った。その間、2人とも当たり障りの無い会話しかしなかった。
お互い、本当にしたい会話は切り出せないまま、繁華街を歩いていた。
買い物をし、喫茶店で昼食をとり、ワゴンのアイスクリームも食べ。
そんなことをしているうちに、日はすっかり暮れていた。
「…買い過ぎたかな?」
腕の紙袋を見て、楓が呟く。
この日虎徹は、楓が欲しがったものは大体購入していた。
お陰で、楓も虎徹も両手には少なくない量の紙袋がぶら下げている。
「あー、そろそろ持ちきれねぇか」
「なんで今日はこんなに買ってくれるの?」
楓の質問に、虎徹は苦笑いしながら答える。
「今まであんまり甘やかせなかった分、かな」
「…なにそれー」
楓もつられて笑う。
虎徹は、楓に沢山我慢させてきた自覚を持っていた。
遠くにいても、楓の心はわかりたくないくらいにひしひしと伝わってくる。
虎徹は、こんな時に友恵がいたらと考えてしまう自分に叱咤を飛ばす。
「お父さん、夕飯は?」
「食べてくるって言っておいたから、好きな所入っていいぞ」
「やったー!」
満面の笑みを浮かべて無邪気に笑う楓は、あるファミリーレストランを指差して言った。
「あそこがいい!」
「おー、入るか」
そこは、友恵がいた頃によく一緒に入ったレストランだった。
楓は幼くて覚えていないと思っていたのだが、なんとなく覚えていたのだろうか。
空いている店内を店員に連れられて4人席に座り、渡されたメニューを開く。
親子揃って、その時の気分で注文を決めるタイプのため、メニューを渡されてから注文までは早い。
置かれた冷たい水に口を付けながら、お互い相手が口を開くのを待つ。
「……楓」
「…何?」
声の出し方に、察するものがあったのだろう。重々しい虎徹の声に、楓は重々しく応える。
虎徹は水の入っていたグラスを机に置くと、単刀直入に言った。
「楓は、パパ達が結婚するのは反対か?」
「絶対に嫌」
やっぱり、と虎徹は肩を落とす。
楓はそんな虎徹に、少し変わった方向から問い掛けた。
「なんであの人と結婚したいの?お母さんより良い人なの?」
「……友恵の次に良い人だな。本人もそれで良いって言ってる」
楓は、眉を寄せて神妙な表情になった。
グラスを手で弄びながら、虎徹は続ける。
「なんで、って聞いたよな」
「うん」
「好きだからだな」
「…うん」
楓は渋い顔で頷いた。
「…それくらい、わかるよ」
虎徹は目の前に座る楓の頭を軽く撫でる。抵抗はされなかった。
「でもね、お父さんが結婚したら、私また1人になっちゃうよ」
「…1人?おばあちゃんとか友達とかいるだろ?」
「…それは、そうだけど」
「それに俺だって、楓から離れてく訳じゃないからさ」
楓はついに泣きそうな顔になる。零さないが、目には涙が溜まっている。
「楓はずっと俺の中で最優先だ。でも、バニーも優先してやりたいんだ。アイツも俺がいないと1人だから」
「…そうなの?」
「あぁ、だから今のアイツには俺すらいねぇんだ。今現に1人なんだよ」
うるうると涙を溜めたままの目が、遠慮がちに伏せられる。
楓は黙ったまま、色々な話を聞いた。
バーナビーが、自分以上に孤独な思いをしていることや、自分が嫌がれば本当に諦めるつもりでいること。
そのほかにも、過去や生い立ちも聞いた。
楓は、バーナビーが自分を見た時の目を思い出した。
冷たい、冷えきったあの目。
邪魔者を見る目?
いや、違う。
あれは、寂しい人の目だ。
そうだ、あの目は、お父さんがいない時の、自分の目によく似ていた。