「あれ?どうしたんだい?」

席に着いていた安寿に聞かれ、バーナビーは椅子を引きながら答える。

「あの子達の様子を見に行くんじゃなかったのかい?」
「…もう、すぐそこで声がしたので、…多分すぐ来ますよ」

バーナビーは、戻って来るのが遅い楓と虎徹の様子を見に行っていた。
が、部屋の前から聞こえる会話に踵を返して一人で戻って来たのだ。

「…もう少し、待っていましょう」
「…バーナビーさん」

安寿に、名前を呼ばれる。
机の対角の位置にいるお互いの顔を見て、安寿は世間話をするかのように口を開いた。

「辛かったら、あの子に頼るんだよ。頼られるの好きだから」

言葉が足りないその言葉は、バーナビーにはハッキリと理解出来た。
そして、顔を僅かに歪める。

「アタシも応援してるよ。…泣きそうな顔するんじゃないよ」
「…はい…っ」

必死で笑顔を取り繕ったバーナビーと安寿の元に、虎徹が戻ってくる。
虎徹は席について、楓は来ないとだけ伝えた。安寿もバーナビーも、何も言わなかった。

お通夜のように静かな夕食を終え、バーナビーは楓の来るはずだった席に用意してある夕食を手に取った。

「おかわり?」
「いえ、楓ちゃんに」

バーナビーは楓の分の夕食を側にあったトレイに乗せると、楓の部屋に向かった。

「…大丈夫かなアイツ」
「2人で話させるのも大切だよ」

安寿はそう言うと食器を洗い始める。暇なら手伝いな、と言われて虎徹も横になって洗い始めた。

「アンタも見ないうちにおじさんだねぇ」
「…それ母親が言うセリフかよ!」

口に出さずとも、安寿が洗った皿を虎徹が拭いてしまう。阿吽の呼吸だった。

「友恵さんの時もそうだったけど」

安寿は、手元の皿から視線を外さずに言葉を続ける。

「やっぱり、なんだか寂しい気もするね」
「結婚してもあんまり変わんねーと思うぞ?今だってろくに帰って来てないし」

虎徹が何の気無しにそう言えば、それもそうだねぇ、と安寿は笑う。
結婚について否定的ではなく、むしろ肯定的な安寿の姿勢が、虎徹は嬉しかった。







「楓ちゃん」

ドアをノックしても、返事どころか物音もしない。

「…楓ちゃん、…もう寝ちゃったかな…?」

静かな部屋の前で一人呟くと、ドアが物凄い音を立てて蹴られた。
部屋の主は姿を見せなかったが、ドアの向こう側にいるのは確実だ。

凄まじい音に一瞬怯みながらもバーナビーは楓に話し続ける。

「楓ちゃん、食欲ある?」

返事の返ってこない一方的な会話を、バーナビーは必死に繋げる。

「夕飯持って来たんだけど、受け取ってくれないかな」
「いらない」

初めて返ってきた返事は、否定的なものだった。

「…そんなこと言わないで、食べないと体力が…」
「うるさい!!」

今まで屈せずに話し掛けていたバーナビーも、その気迫に今後こそ押し黙る。

「うるさい、うるさい!出てってよ、お父さんを盗って行かないで!!」
「楓ちゃ…」
「嫌い!大っ嫌い!今すぐ消えて、もう二度と来ないで!」

バーナビーはトレイをドアの脇の壁際に置いて、開いた手の片方を撫でるようにドアに添えた。

「…楓ちゃん、聞いてくれるかな」
「……なに」
「…僕はね、楓ちゃんがどうしても駄目だって言うなら、諦めようと思ってる」
「…」

部屋の中で楓は、ドアに背を預け座り込んでいた。
背後から聞こえてくる声を、黙って聞いている。

「…だから、3日後はもう朝には帰るから…2日後かな。2日後まで楓ちゃんが駄目なら、諦めるよ」
「本当?」
「うん、本当。お父さんを好きだったことを忘れるのは無理だけど、今後一切お父さんに好きなんて言わない」

バーナビーはドアに手を当てたまま、楓と固く誓う。
否、固く誓っていたことを話す。
「……本当に本当?」
「本当に本当。約束するよ」
「なんで?」
「…それは」

楓の質問に、一息置いてバーナビーはハッキリと答える。

「楓ちゃんも幸せになれなくちゃ、意味が無いから」
「……」

楓はその答えに押し黙り、それから低く渋るような声を出した。

「それで丸め込めると思ったら間違いだからね。絶対、待つだけ無駄だよ。…もう1人にして」
「…夕飯、ここに置いておくから」

バーナビーは廊下にトレイを置いたまま、楓の部屋を後にした。





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