視界に広がるのは、無限の紅。
燃え盛る紅の中に倒れている、大切な人達。それから、立っているのは拳銃を構えた男。

呆然とその景観を眺めれば、その男はこちらに気付いてゆっくりと振り向く。
はっとして瞬時に身の危険を覚えるが、身体は思うように動いてくれない。
振り向いて、男に目を見据えられる。身の毛の弥立つ、冷たくて恐ろしい視線だった。

――寂しい。

次に視界に入るのは、焼けて煤けた"自分の居場所"。
自分の身体だけは無事だったが、身体以外の全ては失われた。
大切なものも、居場所も、心も。

――寂しい、怖い。

自分が独りになったその時に心の大部分を占めたのは、行き場の無い悲しさ、寂しさ、それから孤独感。
愛されることしか知らなかった身体に、それはひしひしと染み込んだ。

痛かった。色々なところが。
思わず屈み込んで、自分の身体を掻き抱く。
人の温もりを欲した身体に与えられたのは、自分の体温だけだった。

――独りに、しないで…。




遠くの方で、声が聞こえた。

………ちゃん、…ニー、…

「…ん……」
「バニーちゃん…あ、起きた?」

声がする方にバーナビーが顔を上げれば、そこには虎徹が立っていた。

「先輩…」

バーナビーは、持ち帰った仕事をこなしているうちにいつの間にか寝てしまっていた。
卓上で腕を組んだその上に頭を乗せていたため、頬には赤い跡がついていた。

「大丈夫?魘れてたぞ」
「ん、あぁ…大丈夫です」

こしこしと手で、付いた跡を解すように頬を擦るバーナビーに、虎徹は言った。

「夕飯。食える?」
「あ、もうそんな時間でしたか…行きます」
「ん。おいで」

まるで大人が子供を呼ぶかのように手招きされて、バーナビーは苦笑しながら虎徹の後を追った。




「今朝採れた野菜なんだよ」
「へぇ、ご自宅で栽培された野菜なんですか」

夕飯が机に並ぶなか、料理には誰ひとりとして手を付けていなかった。
安寿とバーナビーは食材の話をしていて、虎徹は黙って子供部屋の方向を見ている。

楓が来ないのだ。
夕飯には虎徹が呼んだのに、いつまで経っても来なかった。

「俺もう一回呼んでみるわ。先食ってて」

虎徹が立ち上がると、安寿とバーナビーは首を振った。

「待ってますよ」
「そうだよ、だから早く呼んでおいで」
「…ああ」

楓を待ち始めてから既に20分は経っているのに。
虎徹は2人の人の良さを感じながら、楓の部屋に向かった。


ノックすれば、短い返事が返ってくる。

「楓?夕飯だって忘れた?」
「…覚えてる」
「じゃあなんで来ねぇんだ?」

そう虎徹が聞くと、楓がドアを少しだけ開けて見上げてくる。

「…食べたくない」
「食べねぇと体力付かないぞ?」

ほら早く来い、と虎徹は楓の腕を掴んだ。
楓は抵抗せずに大人しく掴まれているが、口ではもう一回「食べたくない」と繰り返す。

「まぁ、食欲出るまで食べなくても良いからさ、とにかく来いよ。みんな待ってんだ」
「…やだ」
「楓…どうした?」

虎徹は困ったような顔で楓の肩に手を置き、宥めるようにポンポンと叩く。
俯いた状態で、楓はぼそぼそと話しはじめた。

「居間、バーナビーさんいるんでしょ?行きたくない」
「…なんでだよ」
「会いたくない。顔も見たくないの」

次第にハッキリとした口調になっていく。
虎徹は何を言えば良いのかわからないまま、楓の言葉を聞いていた。

「ねぇ、いつになったら出てってくれるの?」
「…そんなすぐに帰らせる気はねーよ」
「お父さんはお母さんなんてもうどうでもいいの!?違うんだったら追い出してよ!」
「楓…」

虎徹はその場にしゃがみ込んで、その小さな身体を強く抱きしめる。

「友恵も、バニーも、どっちも大好きなんだ」
「でも、バーナビーさんはお母さんのこと、嫌いだよ」
「なんで?」
「絶対、そうだよ。お母さんが邪魔だと思ってる。私のことも邪魔だって目で見てたもん」

楓は虎徹の背に腕を伸ばして、力を込めた。

「お父さんが結婚したら、私どうしたら良いの?また一人になっちゃうよ…」
「楓、バニーはそんなこと思ってない」

虎徹は、腕の中の体温をさらに強く抱きしめる。

「バニーはお前のこともちゃんと考えてる」
「…そんなことないよ!」

虎徹の身体を、楓が思いっ切り押し退ける。

「お父さん、あの人に騙されてるんじゃないの!?私、すっごく冷たい目で見られてるんだよ!?」

そのまま、ドアが大きな音を立てて虎徹の目の前で閉められる。

「…っ、楓…」
「…夕飯いらない、しばらく一人にさせて」

楓はそのまま、鍵の掛かった部屋の中に篭ってしまった。




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