声を張り上げる自分を見る扉の向こうに立つバーナビーの顔は、冷えきっていた。
(――私のこと、邪魔者みたいに見てた)
楓は、自分の勉強机に座ってバーナビーの写真の切り抜きを眺めていた。
まだ、ヒーローのバーナビーは好きだった。
こんな時に学校があれば、と楓は考える。学校があれば、行ってる間はきっと憂鬱なことも忘れていられる。
しかし、学校は生憎夏休みに入っていた。
はぁ、と重い溜め息を吐いて、楓は宿題に取り掛かり始めた。
その時だった。
「かーえーで」
虎徹の、暢気に伸びた声が扉の外側から聞こえた。
楓はすぐに席を立ち、扉をゆっくりと開く。
「…お父さん、どうしたの?」
「楓、明日パパとどっか出掛けない?」
すると、楓は間髪を入れずに頷く。
「行く!」
途端に目を輝かせた楓の頭を、わしゃわしゃと撫でる。昨日、バーナビーを撫でられなかった分も思いっ切り撫でた。
「…あ、バーナビーは?」
「アイツには留守番させとこう。明日は俺と楓のデートだ」
いつもだったら"デートとか言わないで"と怒りだすのだが、今日はそんなことはなかった。
楓は内心、バーナビーに勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「明日、楓とちょっと外行く。そんで、話してくる」
バーナビーの滞在している客室で寛ぎながら、虎徹はそう告げた。
「どこに行くんですか?」
「こっからそんな遠くないちょっとした繁華街だな。シュテルンビルト程じゃねぇけど繁華街あんだよ、オリエンタルタウンにも」
「そうなんですか」
広くはない客室に敷かれた一枚の布団の上で、大人の男二人が座っている。
心地悪くない空間だった。
「あ、布団大丈夫?寝にくくない?」
「大丈夫です。背中は少し痛くなりましたけど」
「そっか」
言いたい事を胸の内に秘めながら、バーナビーは虎徹の他愛のない話に微笑む。
バーナビーがちらっと虎徹の方を見ると、虎徹はその視線に気が付いてにこっと笑う。
これだけでも、バーナビーには十分すぎるくらい幸せだった。
「書類持って来たので、今日は夕飯までこれをやります」
「うえ…真面目だな…」
「戻ってから忙しい思いはしたくなかったので」
トランクから書類の入ったプラスチックケースを取り出したバーナビーに、「そっか、偉いな」と言いながら虎徹は彼の頭に手を伸ばす。
「…あ」
そして、すぐに手を引っ込めた。
「…気が付かなくて良かったのに」
冗談めかしてバーナビーは笑う。
虎徹は苦笑いしながら、首を振った。
「それは、ダメだ」
「何故です?家の中までは監視出来ないってマーベリックさんも…」
「あー…」
がりがりと頭を掻きながら、虎徹は気恥ずかしそうに言葉を紡いだ。
「確かにバレはしないと思うけど…なんか…コレは俺っていう人間の本質に課せたものでもあるっつーか…」
「…?」
「約束だからな、マーベリックさんとの。それを破るような自分は、バニーと結婚する資格、無いと思って」
バーナビーは、少し残念そうに目を伏せる。
「…僕が、触って欲しいと言ってもですか」
「ダメだ。それに、結婚してから触り放題じゃねぇか。今だけ我慢すりゃ後はずっとでも触ってられるだろ?」
その台詞に急激に顔に熱が集まるのを感じて、バーナビーはわざとそっぽを向いた。
虎徹はその耳の赤さにニヤニヤと笑う。
「…じゃあ夕飯になったら呼ぶから。仕事頑張れよ、バニーちゃん」
「はい…っ」
触れるか触れないかのギリギリの距離で耳元に囁かれ、バーナビーは上擦った声で返事をした。