「それなに?」
バーナビーが持っていた紙切れを指差して、俺は言った。
別に執務室で持ってたなら気にならないのだが、トレーニングルームで見るには"紙切れ"なんて異質な物だ。
「…中華料理店、の…割引券ですね」
紙の両端を持って、掲げるように書いてある文字を読むバーナビーの横顔が可愛くて俺の頬が緩んだ。
俺と付き合うようになってから、バーナビーは少しずつだが漢字が読めるようになっているのだ。今だって「中華料理」の文字が読めていた。
しかし、気になるのはそこではない。
「なんでそんなもん持ってんの?」
「…持ってちゃいけませんか?」
「いや、そういう訳じゃねぇけど…トレーニングルームで持ってるとなんか変っつーか…」
あぁ、とバーナビーは納得したような声を出す。
「そこでファイヤーエンブレムにもらったんです。お昼一緒に食べないかって」
「ネイサンに?」
「はい」
ネイサンとバーナビーは、性格こそまるで違うものの意外と馬が合うらしく、時折一緒にいるのを見かける。
バーナビーが段々と人と一緒に行動出来るようになってきたのは嬉しい。
…はずなのだが、なんだか少し気に食わなかった。
首をぶんぶんと振って、その念を頭から取り払う。
何を考えてるんだ俺は。バーナビーが人付き合いが出来るようになったなんて、良いことじゃないか。
「ここ美味しいんですよ。ドラゴンキッドも良く行くお店らしくて」
「ふーん…」
「…じゃあ、そういうことなので。先輩もお疲れ様です」
「おー、また後で」
割引券を片手にロッカールームへと歩き出す彼の背を見つめながら、俺は無意識に眉を寄せていた。
別に、俺も一緒に行きたいとか、そういうわけではない。決して。
さて俺も昼飯食べに行くか、と歩き出そうとした時、後ろからイワンに呼び止められた。
「虎徹さん」
「おーイワン、どした?」
「あの、バーナビーさんは?」
またバーナビーか、なんて一瞬でも思ってしまったことに罪悪感を覚える。
向こうの方が人気がある、それはいつものことじゃないか。
「今ロッカールーム行っちまったけど…なんか伝言しとくか?どうせ後でオフィスで会うから」
「あ、…じゃあお願いします。コレなんですけど」
イワンから手渡されたのは、薄桃色のタオルだった。
「…これ、昨日バーナビーさんに借りたんです。良かったら返しておいて下さい」
意外だった。
バーナビーとイワンが、物の貸し借りまでする仲だったとは。
「昨日なんかしたのか?」
「あ、いえ…、ちょっと、……悩みを聞いてもらったんです」
「そっか、じゃあ渡しとくわ」
ありがとうございます、と礼儀正しくお辞儀をしたイワンは、トレーニングに戻っていった。
まさか、あの内気なイワンがバーナビーに悩みごとを。
悩みごとを聞いてもらっていたというのとタオルを借りたというのがなんの繋がりがあるのかはわからなかったが、とにかくなんだかモヤモヤとした気持ちが心に広がった。