4人で朝食を食べている間も、全員揃って無言だった。
その食卓には、食器の乾いた音だけが響く。
「ご馳走様」
「…楓、おかわりは?」
「いらない」
安寿の問い掛けに素っ気なく答えて、楓はまたすぐに部屋に戻ってしまった。
「…食べるの早くなったなー楓も!」
沈んだ空気を明るくしようと、虎徹が陽気な声を上げるがそれは焼け石に水だった。
再び訪れた沈黙の中で、バーナビーが席を立つ。
「…楓ちゃんと、お話して来ても良いですか?」
「…おお、行って来い」
「はい…」
ご馳走様でした、とバーナビーは食器を流し台に置くと楓の部屋へと歩いて行った。
虎徹も席を立つ。
「俺も行った方が良いかな」
「余計なことするんじゃないよ。バーナビーさんと楓で一対一で話すのも大切さ」
「…そっか」
安寿に咎められ、虎徹は再び腰を下ろした。
バーナビーが心配で仕方ない虎徹は、そわそわと椅子に座って足を揺らしていた。
「楓ちゃん、ちょっと良いかな」
扉をノックしたバーナビーが楓の部屋の前で呼び掛ける。
すぐに返事は来なかった。
「楓ちゃ…」
「何の用!?」
もう一度名前を呼ぼうとすると、鋭く甲高い声がそれを遮った。
バーナビーは内心それに怯みながらも、言葉を続ける。
「…話が、したくて」
その言葉にも返事は無かった。
それもそうだ、とバーナビーは納得していた。
(――父親が再婚するなんて、子供がそう簡単に受け入れられるはずは無いよな)
それでも、バーナビーも簡単に諦められはしなかった。
どうしても拒否されたら諦めはしたいと思っているが、まだその時では無い。
「楓ちゃん、ダメかな」
すると、バーナビーの目の前の扉が勢い良く開いた。
扉の向こう側には、こちらを鋭く睨み上げる楓がいた。
「何!?こっちには話すことなんて無い!どっか行ってよ!!」
「―…っ、楓ちゃん…」
「どっか行って!早くうちから出てってよ!!」
胸部を小さな手で力いっぱいに押され、バーナビーは後ずさる。
こんな小さな女の子がこれ程までの力を出せるのか、バーナビーがそう感心してしまう程の威嚇だった。
「もう顔も見たくない!お父さんに近付かないで!」
「…楓ちゃん、」
最後にはこれ以上無いくらいに声を張り上げてそう叫んで、楓は扉を閉めた。
扉の外側に取り残されたバーナビーの腕は、掴むものもなく空中に佇んでいた。
「バニー」
「…先輩」
声の方に振り返ると、虎徹が立っていた。
「…聞こえた」
「…そう、ですか」
楓の部屋に背を向けて虎徹の脇を通り過ぎ、バーナビーは客室に向かう。
すると、背後から声が掛かった。
「ごめんな、バニー」
「…何がですか」
「チビ。あんな事言わせちまって」
娘の態度への、父親の謝罪。
バーナビーはそれを苦笑いで返した。
「あなたが謝ることじゃありません。それから、楓ちゃんが謝ることでもありませんよ」
「…でも」
「親が他人に取られるなんて、受け入れられなくて当然ですから」
当然と言い切る割にはゆらゆらと揺れるその瞳から、虎徹は目が離せなかった。
「楓ちゃんは、本当にあなたが大好きなんですよ」
その瞳は、とても脆くて儚くて、孤独を抱える子供のものだった。