「絶対に嫌」

楓の答えは、それだった。


夕食を終えたそのタイミングで、話を切り出したのは虎徹の母親だった。
そろそろ言った方が良いんじゃないの、と言われた虎徹が、バーナビーとのことを楓に淡々と告げたのだ。

「絶対、嫌」
「…楓…」
「私のお母さんは、お母さんだけだもん」

そうハッキリと言った楓は、その場から逃げるように部屋に戻って行った。

それから数分経った今、居間に残された3人は無言だった。
不意に虎徹が沈黙を殺す。

「…ちょっと楓ともう一回話してみる」
「待って下さい」

椅子から立ち上がった虎徹を、バーナビーは口だけで制止する。

「もう少し、時間を置いて話をしたいんです。いきなりこんな話をして…楓ちゃんも困ってると思いますから」
「…そっか」

俯きがちに言ったバーナビーの言葉に、虎徹は納得して再び席につく。
安寿は何も言わなかった。

「…すみません、疲れてしまったのでもう休みます。お部屋、お借りしますね」
「…あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」

軽く頭を下げて居間から出て行ったバーナビーの背中を、虎徹と安寿は黙って見つめていた。
その背がどこか悲しそうだったのは、きっと気のせいではないだろう。

「やっぱ厳しいか…」
「あの子も今一番難しい年頃だからねぇ」

安寿はフォローするでもなく慰めるだけでもなく、言葉を紡いだ。

「あの子がどうしても結婚を許可しなかったら、どうする気なんだい?」
「…諦めるって、バニーが言ってた」

事前に、バーナビーは虎徹に言っていた。
楓がもしも自分を受け入れてくれなかったら、その時は自分より楓を優先してほしいと。

「そうかい…」
「あぁ、でもまだ諦めないで何回か交渉してみようと思う」
「そうだね。…しつこいって言われないようにするんだよ」

あぁ、と答え、虎徹も居間を後にした。
向かう先は、客室。バーナビーのいる部屋だった。





「バニーちゃん、入っていい?」
「……どうぞ」

ドアを開けると、そこにはトランクの前に座って荷物を漁っているバーナビーがいた。
虎徹に背を向けているバーナビーの表情は、誰にもわからない。

「何してんの?」
「…タオルを」

バーナビーはトランクから白いタオルを取り出し、自分の顔に当てた。
何も言われなくても虎徹にはわかった。

「……泣くなよ、バニー…」

そう言うと、堪え切れずに洩れ出した嗚咽と共に、虎徹の方を向いたバーナビーの目から涙が溢れ出す。
虎徹の胸に凭れ掛かり肩口に頭を預け、背に腕を回してバーナビーは子供のように泣きじゃくった。

「バニー、ごめんな、まだ諦めんな」
「……は、い…っ」

バーナビーは、箍が外れたように声を上げて泣き出した。
そんなバーナビーを抱きしめ返す事も、頭を撫でて落ち着かせてやる事も出来ず、虎徹も静かに涙を落とした。




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