田舎、と形容するのが妥当だろう。
虎徹とバーナビーは、2人揃って虎徹の実家がある町に来ていた。
シュテルンビルトに比べて空気はとても綺麗で、大きく吸い込めば肺の中の排気ガスが浄化されていくような感覚を味わえる。
駅から出ている極端に本数の少ないバスに乗ると、中には人が一人もいなかった。
しばらくして発車したバスに揺られ、2人席の窓際に座ったバーナビーは黙ったまま景色を見つめていた。
虎徹は、昨日の夜の電話を思い出す。
昨晩、虎徹は自分の母親に結婚について電話で話したのだ。
少し世間話をしてから、バーナビーと結婚しようと思う、と言うと想像以上のあっさりとした返事が返ってきた。
「あら、そうなの?あんまりバーナビーさんに迷惑掛けるんじゃないよ」
「…止めねーの?」
「別にアンタだって自分のことは自分で考えられるでしょ?」
「…そりゃそうだけど…。…なぁ、楓いる?」
「もう寝てるわよ」
「そうだよな、それに直接言った方がいいよなコレは…明日そっち行くわ」
「随分と急だねぇ」
「早めに言って、バニーに慣れといて欲しいんだ」
わかった、と短い了承を得て、その通話は終了した。
そして、今に至るのだ。
自分の隣に座って景色を堪能していたはずのバーナビーは、気が付くと虎徹の肩に凭れ掛かって寝息を立てていた。
昨日マーベリックのところに挨拶に行ったその翌日とだけあって、かなり疲労も溜まっているのだろう。シュテルンビルトにいる間は、顔が知られているだけあってどんなに疲れていようと絶対にしないその無防備な様子に、虎徹は頬が緩んだ。
(…俺から触ってはいないから、セーフだよな)
眠るバーナビーの頭を無意識に撫でようとした自分の手を叱咤して、虎徹はなるべくバーナビーを意識しないように努めた。
決して近くは無いが一応虎徹の家に最寄のバス亭で降りる。
「悪いな、ちょっと歩くぞ」
「いえ、大丈夫です」
シュテルンビルトから日帰りでは到底無理な距離にある虎徹の家に行くとだけあって、バーナビーは小さなトランクを引いて歩いていた。
有給休暇は5日も貰ってあり、その間はずっとここにいる予定だ。
しばらく他愛のない話をしながら歩くと、決して大きくはない日本家屋の前で虎徹が足を止めた。
「ここ。俺の家」
虎徹が指差した家を見上げたバーナビーの顔に緊張が走った。
「大丈夫だ、緊張すんな」
「は、はい」
声は緊張しきっている。そんなバーナビーの肩をぽんぽんと叩きたい衝動を抑えて、虎徹は慣れた手つきでその扉を開く。
「ただいまー」
呑気な声でそう言って家の中に入ると、たたっと誰かが軽く走ってこちらに向かって来る音がした。
「…お父さん!?」
「楓ー!帰ったぞー!」
走ってきたその少女を軽々と抱き抱える虎徹を、バーナビーは少し離れたところから見ていた。
「お父さんなんでここにいるの?」
「あ?おばあちゃんから何も聞いてない?」
「聞いてないよ!……あ、バーナビーさん!?」
楓は、虎徹の背後に立つバーナビーを目敏く見付けて彼の方に向き直る。
「お久しぶりです、バーナビーさん!」
「楓ちゃん、お久しぶり」
楓とバーナビーは、以前一度だけ会った事がある。
スケート場での件のお礼がしたいと虎徹に呼ばれた時に、彼女も一緒だったのだ。
その時から、虎徹はバーナビーの専属マネージャーということになっていた。
「お父さん、何しに来たの?旅行?」
「あぁ、そのことなんだけど…まぁ、晩飯の時にでもすっか!」
歯切れの悪い虎徹に、楓は不思議そうな顔をする。
「今じゃ駄目なの?」
「あー、バニー今すっげー疲れてんだ。だからひとまず休ませてやってくれ」
理由としては嘘だが、バーナビーは本当に疲れている。顔色の良くない彼に、楓もそれで納得したらしい。
「わかった!」
「よしよし、いい子だな楓は。バニー、客室に泊まってくれ」
はい、と答えて、バーナビーはトランクを持ち上げて玄関を通った。