蛇に睨まれた蛙とは、こういうことを言うのだろうか。
オフィスで仕事をしていた虎徹とバーナビーは、今敵を前に硬直していた。
2人の視線の先にあるのは、清潔感漂う壁。
否、壁にいるモノだった。
「バニーちゃん、あれ、やっつけて…!」
「…先輩がやって下さい」
視線の先にいたのは、かなり大きい蜘蛛だった。
森以外にこんな大きな蜘蛛がいたのかと感心さえしてしまう。
「…また能力使うか」
「駄目です、この前ゴキブリ相手に使ったときに懲りたでしょう!」
前回ゴキブリを退治した時には能力を使って無我夢中で倒したのだが、その直後に起こった事件でこってり絞られ、2人とも相当懲りていた。
壁に居座る蜘蛛は、一向に動こうとしない。
虎徹は備え付けの殺虫スプレーを2つ手に取ると、片方をバーナビーに渡した。
「俺そっちから行くからお前反対からやれ」
いかにも余裕の無さそうな声で仕切り、虎徹は蜘蛛を挟んでバーナビーの反対側へと回り込んだ。
虎徹がスプレーの蓋をあけて蜘蛛に向かって構えると、バーナビーも真似するように構える。
「…いくぞ」
「…はい。………あ、あの」
言いかけたバーナビーの言葉を遮り、虎徹の持つスプレー缶から勢いよく中身が噴射される。
蜘蛛は、何故か不発だったバーナビーの方へと素早く飛んだ。
「…あああ!!!」
「!?」
蜘蛛は虎徹から逃げるように、身を縮ませてぺたりと床に座り込んだバーナビーのすぐ横を通って少し離れた壁で止まった。
「だ、大丈夫かバニー!?」
「…、…っ!!!」
目を見開いて、自分の肩を抱くようにして硬直してしまったバーナビーの肩を掴み、虎徹は彼の身体を揺さぶる。
すると恐怖が上手く言葉にならないらしいバーナビーが唇を振るわせた。
「悪かった、バニー悪かったよ、でもなんで噴きかけなかったんだよ!」
「…どうやって使うのか説明して下さいよ!」
「え?」
やっと声が出たバーナビーに言われた予想外の言葉に、虎徹は変な声をあげた。
「え、じゃないですよ!あのスプレーの使い方ですよ!」
「し…知らねぇの?」
「知りませんよ!触ったこともありませんよ!」
眉を吊り上げて泣きそうになっているバーナビーの身体を、虎徹は掻き抱いた。
そのまま頭を撫でると、ようやく肩の力が抜けたバーナビーの身体が体重を預けてくる。
「君達何をやっているのかね?」
「!!」
唐突にオフィスに入ってきたロイズが、部屋の隅で抱き合う2人を見てからそう呟いた。
「この部屋から奇声が聞こえるっていう報告があったから来たんだけど。君達みたいだね」
「ロイズさん、こ…これは…」
「あら大きい蜘蛛」
悠長に壁を見て、ロイズはそう言って床に落ちていたバーナビーの殺虫スプレーを蜘蛛に噴きかけた。
息の根を止められてポトリと床に落ちたその骸をビニール袋に入れ、ロイズはそのままオフィスを後にした。
虎徹とバーナビーは抱き合ったまましばらくロイズの消えたドアを呆然と見つめていた。
「…すげぇな……」
「……あの人はNEXTだ…」