『悪い、バニーちゃん、今日仕事、休むわ』
「は?え?先輩ですか?」
電話口から聞こえて来たのは、痛々しく嗄れた声だった。
『っはは、声、嗄れちまって』
「一体何をしたんです?」
『風邪、引いた』
馬鹿は風邪を引かないと言うのは迷信だったのだろうか。
実は、バーナビーも昨日虎徹の顔色が悪かったような気がしていたのだ。
朝は青白かったので心配していたのだが、夕方になるにつれ頬に赤みが帯びてきていたので大丈夫だろうと踏んでいたのが間違いだった。
本人から欠席の連絡が来たところから、症状はそんなに酷くない事を想定する。
が、やはり少なからず心配なので虎徹の家に行く事にした。
以前自分が風邪を引いたときに虎徹がしてくれたように、バーナビーはロイズに2人分の欠席連絡をする。
「バーナビー君が彼の看病をしたいなんて意外だよ」と言われると、確かに看病する義理なんてないと思ってしまったが、この前の借りを返すだけだと考えなおす。
看病に行くと一回決めてしまえばあとの行動は楽で、バーナビーは歩き慣れた道を歩いて虎徹の家に向かった。
渡されてある合鍵を使い部屋に入ると、ベッドの近くに虎徹の古くから友人であるアントニオが座っていた。
ベッドの中では、濡れたタオルを額に乗せた虎徹が苦しそうな呼吸を繰り返している。
頬も昨日見たより紅みを帯び、時々うなされているような声も上げる。
「バーナビー」
「風邪ですか?」
「ああ、医者にも風邪だって言われたって言ってた。薬は飲ませたから、あとは熱が下がれば良いはずだ」
体内にウイルスが入った場合の熱なら、無理に下げる事も無い。
辛いかもしれないが、身体はそれでウイルスを殺そうと働くそうだから、熱を出すのは自然な事なのだ。
「食事は?」「実は、昨日から食欲が無いって言っててよ…」
「一日食べてないって事ですか?そんなんじゃ体力が…」
ふと、熱でうなされる虎徹を見る。身体はすっぽりと布団に包まれていた。
「これじゃ熱の逃げ場が無いじゃないですか…、身体の一部を出さないと」
布団の下の方を捲り、彼の足を出してやる。触れると、肌は確かに熱かった。
「虎徹も寝てるみたいだし、後は任せるぞバーナビー、午後から仕事なんだ」
「…わかりました」
アントニオは、椅子から立ち上がるとバーナビーに背を向け、立ち去って行った。
バーナビーはベッドの脇にあった椅子に腰掛けて虎徹の手を取る。あまりの熱さに驚きもしたが、握り締めてその手に自分の頬を押さえつけた。
先程まで野外にいた自分の身体は冷え切っている。こうして彼を冷やせれば良いんだけれど。
手が冷やされた事に気が付いたのか、虎徹は顔をバーナビーの方に向け、薄く目を開けた。
「…っ、先輩、」
自分を認識したのか、彼の口元がゆっくりと微笑む。
酷い熱で苦しいだろうに、僕に心配を掛けさせないようにとでも考えているのだろうか。
いつも虎徹に「お節介はやめろ」と言っている分、バーナビーは本当は看病になんか来るのは恥ずかしくて、本人に気が付かれたくなかった。
一瞬顔を見たらすぐ帰ろうと思っていたのに、これでは帰れないじゃないか。
「寝ていて下さい」
そう言うと、彼は安心しきった表情で再び目を閉じた。
何も喋らずただ懇々と眠る虎徹の姿に、バーナビーはやや不安を覚える。
今までだって何度か熱を、それも怪我など外傷が原因で熱を出した事もあった。
だからこうして彼が床に伏すのはさして珍しい事ではないのに、なのにバーナビーの心は騒ぎたった。
彼の手を、一層強く握り締める。
ただの相棒をこんなに心配するなんて思ってもみなかった。
今までも今もこれからも、彼はただの相棒だ。それなのに元気が無いのを見るだけでこんなにも心配になるのは何故なんだろう。
手なんか握って、まるで恋人みたいじゃないか。そこまで考えて、僕は考えるのをやめた。