バーナビーは出来上がった粥を持って、再び虎徹のベッドに戻る。
空間からは電気の光が漏れていた。寝るのに邪魔だろうから電気は消して、カーテンもしたのに。
起きてしまったのだろうか?ロフトに上がってベッドを見ると、そこは蛻の殻だった。
「…先輩?」
思いがけず大きくなってしまった声で彼の名を呼ぶと、新しいパジャマに着替えた彼が足元をふらつかせながら部屋の奥から出てきた。
「汗、掻いたからさ」
「僕がやりますから…寝てて下さい」
「着替えくらい、出来るよ」
彼の頬はまだ紅かったが、先程と比べたら大分落ち着いている。
僕は安心し、クッションを積み上げてそれをパンパンと叩く。それを背もたれにして先輩をベッドに入らせた。
僕もベッドに腰掛け、早速鍋を見せる。
「なにそれ?」
「お腹、空いてません?」
「ん…少し…」
と、先輩は腹を抑えてみせる。
現金なもので、彼がこうやって目を開けて、自分を見、そして会話する、というだけで先程までの不安は霧のように掻き消えてしまった。
僕は、自分がよほど彼の目や声で落ち着けるんだという事を、つくづく自覚させられた。
「何、笑ってんだ?」
いつもの日常が戻りつつあり、僕は嬉しくなった。
(なんでだろう。ただの先輩の同僚なのに)
「腹、減ってんだけど」
「あぁ、すみません」
小さめの茶碗に粥をよそい、スプーンに乗せて、息を吹きかけて冷ましてやる。
「お前が作ったのか?」
「味は保障しませんけど」
「…早く食わせろよ」
どうも待ち遠しいらしく、彼の顔は嬉しそうだ。
「……ん………」
先輩は、口を開けて催促する。
スプーンを彼の口に近づけると、彼はそれをぱくりと咥えた。
「…ん、美味い…」
彼のその言葉に、僕は少なからず嬉しくなった。
自信はなかった。だからその分、正直凄く嬉しかった。
3口ほど食べた所で、食欲は満たされたらしく薬の用意をする。
食事量の少なさから、まだ本調子ではないらしいと思った。
市販の粉の袋を飲ませ、口直しに水を飲ませようとグラスを再び持たせた時、彼が僕の左手の指の傷に気が付いた。
あ、という短い声と共に、先輩が僕の左手を握る。
「切れてる」
「…あ、さっき包丁で切ってしまって」
「慣れない事すっから…」
と、その直後。
彼の赤い舌が、その傷を舐める。
一瞬、僕の思考は完全に止まり、ただ彼を見つめた。
僕の視線など気にしないのか、一度舌を引っ込めると彼はまた唾液を塗すかのように傷を舐める。
「せ、先輩…」
「鉄臭い…」
「あ…当たり前でしょう、血なんですから!」
「ん……」
すると、先輩がベッドにおいたクッションに寄り掛かりながら、ベッドサイドに立つ僕の腰を抱きしめてきた。
上半身を起こした体勢だと、先輩が腕を伸ばすとちょうど僕の腰の位置に来るのだ。
「バーニィー…」
「どうしたんですか、先輩」
「さっきのお粥さ…友恵ちゃんのに似てた」
「トモエちゃん?」
子供のように擦り寄ってくる先輩は、「嫁さんだよ」と告げた。
そういえば前に、5年前に亡くなった妻がいたのだと言っていたかもしれない。
「似てました?」
「うん…あんまり上手くはないところとか」
「…不慣れなんですから仕方ないでしょう」
うん、と唸るような声を出して先輩は僕の腹部に顔を押し付けたまま呟いた。
「上手くはなかったけど、凄く美味かった」
「…先輩…」
なんだか切なげなその声に、胸が締め付けられるような気分になった。
「僕で良かったらいつでも作りますよ」
「……」
「先輩?」
僕の言葉はどこまで彼に届いただろう、先輩は既に寝息をたてていた。
腰に巻かれた腕を引きはがし、先輩をベッドに横にする。
熱はもう引いていた。