「なぁ、一人で泣くなよ」

夜景を一望出来るバーナビーの部屋で、虎徹と部屋の主は黙っていた。

その沈黙を裂いた虎徹の言葉に、バーナビーの反応は無い。
シャワーを浴びてバスローブに着替えたバーナビーは、先ほどからずっと窓辺に腰掛け遠くのネオンを見ていた。

「バニー」
「…泣いてません」
「泣きそうじゃねぇか」

ちら、と虎徹を見たバーナビーは、すぐにまた窓の外へと視線を戻す。

付き合いが長くなってからわかった事だが、バーナビーはたまに情緒不安定になる。
厭世的になるというか、とにかく一瞬たりとも一人にしておけないような雰囲気になるのだ。

勿論、今までは厭世的になっても一人で乗り越えてきたのだろうから、それは虎徹の個人的な感想なわけだが。


じっと街の中心にあるビルを見詰めるバーナビーの横に移動し、虎徹はなるべく柔らかくした声を掛ける。

「なんか、見えるのか?」
「………」
「ビル、か」

黙ったままのバーナビーの頬を両手で包み、虎徹は彼の顔を自分の方に向かせる。
ぼんやりと見詰めてくる翠の目を見詰め返し、その唇に唇を落とした。

「いつまでもこんな所で座ってたら、冷えるだろ」
「……はい」
「明日も事件あるかもしれねぇから、もう寝室行くぞ」
「……はい」

どんな言葉にも朧げな返事しかしないバーナビーの両手を取り、身体を立たせる。
シャワーを浴びたばかりのその身体は、すでに冷えていた。

手を引いて歩いていたが、歩の進みがやたらゆっくりなので、じれったくなって俺はバスローブ姿のバーナビーを肩に担ぎ上げた。
全く抵抗しない身体は思ったよりも随分軽く、こんな彼が自分の事をお姫様抱っこしていたのかと思うと不思議な気分になった。

「とうちゃーく」

彼の寝室のベッドの上に、彼を腰掛けさせる。
相変わらず、目を合わせてはくれない。

「バニーちゃんもう寝る?ミルク飲む?」
「…いりません」

小声でぶつぶつと返事され、いい加減心配になってくる。

「バニーちゃん、今日はどしたの?なんかあったの?」

大体、何かきっかけが無いとこうはならない。
だとすると今日、彼を不安定にさせる何かがあったのか、又は彼が何かを思い出してしまったのか、何かしら原因はあるはずだ。
問いかけてみても暫くは首を振るだけで何も答えてくれなかったが、数分顔を覗き込んでいると、バーナビーが薄く口を開いた。

「………ました」
「え?」

「…仇は、討ちました。…でも戻ってきません」

言葉の足りない彼のその言葉から、全てを察する。
この前、バーナビーは両親の仇だと思われるジェイクを討った。20年もの長い間を費やして討ったその仇。
しかし、討ってこそ気が付いてしまったのだろう。
仇を討っても、バーナビーの家族が、バーナビーが家族と暮らした幸せな時間が、戻ってくるわけでは無いのだと。

「…僕は、独りです」
「バニー」

皮膚の血色の悪さは、不安から来るものだろうか。
血の気の無い顔で独白したバーナビーを直視出来なくて、俺は彼の身体を強く抱きしめた。

「独りじゃないだろ」
「僕は独りですよ。誰もいません」
「俺がいるじゃねぇか」
「あなたには僕よりももっとずっと大切なものが沢山あります」

今にも泣き出しそうな顔なのに、それでも涙を零さない彼は、泣くよりももっと辛そうな表情で唇を噛んでいた。
なんて答えれば良いのかもわからず、黙ったまま腕に力を込めた。

「泣けないんです」
「…泣けない?」
「泣き方、忘れたんです」


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