素早く衣類の乱れを整えさせて、俺はバーナビーの細い腕を強く握って、部屋から引っ張り出す。
「……先生、…鏑木先生!」
バーナビーの声を背中で受け、やっと我に返る。
俺はとにかくあの場から彼を連れ出したくて、無我夢中で腕を引き走っていたのだ。
はぁはぁと肩で苦しそうに息をするバーナビーの手を慌てて離す。
「…悪い、大丈夫か」
「…大丈夫、です」
いつの間にか学校から少し離れた繁華街に来ていた。
こんな人通りの多い道端であんな話をするのも野暮だろう。俺は近くにあったカフェに入った。
バーナビーも後ろからついて来る。
「…急に悪かったな、何か奢るわ」
「…、……ココア」
「ん」
手を上げて店員を呼び、ココアとコーヒーを注文する。
店員がいなくなったあと、話を切り出せなくなっていた俺を見兼ねてか、バーナビーが口を開いた。
「…怒らないんですか」
「何を」
「…あんなことして」
まだ幼さの抜けきっていない面立ちのバーナビーは、俯きがちに言葉を紡いでいた。
「…怒りはしねぇよ、俺が怒るようなことじゃない」
「……そうですか」
窓の外の、繁華街の雑踏を眺めながら、バーナビーは小さく溜息をついた。
溜息をつきたいのはこっちの方だ。
「……ちょっとだけ、怒って欲しかった」
「…え?」
唐突に聞かされた予想外の言葉に、自分の眉に皺が寄るのがあわかった。
何故こんなことを言い出すのか、全く見当も付かない。
「…あんな事するなって、言って欲しかったんです。…自分でやっといて、変ですよね」
小さく、自嘲するような微笑みを浮かべ、バーナビーはそんな事を言った。
「…好きで、やってるんじゃねぇのか?」
「……微妙ですね。確かに、僕が選んだことです」
「……なぁ、なんであんな事してるんだよ」
相変わらず繁華街の雑踏に目を向けながら、バーナビーは話した。
横顔が、なんだかやけに子供みたいで、俺はその光景を目に焼き付けた。
「…僕、両親がいないんです。それも、ずっと昔から」
「……っ」
「遺産もあまり無くて…。義務教育中の学費はなんとか出来たんですけど、高校ともなると、そうもいかなくて」
子供が払うには高すぎますから、とバーナビーは自嘲気味に笑う。
「働けば良いのかもしれません。でも、やりたいんです…普通の事が」
「バーナビー…」
「僕の同年代の人が高校に行ってるなら、僕も行きたいんです」
伏せられた睫毛は長く細く、まだ幼さが滲むその目には悲哀が灯っていた。
「…学費、大丈夫なのか?」
「……だから、さっきのが条件なんですよ」
さっきの、とはあの応接室での行為のことだろう。
動揺しきった自分の頭の中を纏めると、バーナビーは学費が払えないために教師達に身体を売り、それを条件に入学させてもらっているということだ。
「…お前、そんなんで良いのかよ」
「…っ、良いわけ無いでしょう!好きでやってる訳じゃ無いんですよ!」
声を荒げたバーナビーは、しまったという顔をしてまた窓の外に顔を向ける。
店内の客が、何事かとこちらを見てからすぐまた視線を戻した。
そのタイミングでコーヒーとココアを運んできた店員に礼を述べ、俺はコーヒーに口を付ける。
「…おかしいですよね。普通の事がしたいって思ってるのに、やってる事は結局普通じゃないんです」
頂きます、と言ってバーナビーはアイスココアにストローをさす。
「…うちに来る?」
「え?」
「うちで暮らさねぇか?学費くらいなんとでもなるから」
自分でも何故こんな提案をしたのかはわからない。
でも、例えもし時間が戻ったとしても、俺はまた同じ提案をしたと思う。
これ以上あんなことをさせたくなかった。
「…流石に、そんなこと」
「お前のためじゃなくて、ただ俺がお前にあんなことさせたくないだけなんだよ」
「……」
伏せられたバーナビーの目は左右に揺れていた。
大人に対して信用が出来ないであろうバーナビーにこんな提案をしたのは酷だっただろうか。
「…来ないなら来ないで良いけどよ、…どうする?」
「………」
子供にするように頭を撫でると、困ったように顰られていた眉が、きっと釣り上がった。
「……よろしくお願いします」
「…!あぁ、よろしくな」
こちらからも挨拶をすると少し微笑んだような顔をしたバーナビーが、彼の頭に乗せていた俺の手に自分の手を添える。
さてこれからどうしようかと、俺は晴れやかな気持ちで考えた。