耳元で、荒い息遣いが聞こえる。
これは自分のものなのだろうか。
目を開けていることでさえも辛くて、思わず閉じそうになる瞼を叱咤する。
会社に休むと連絡しなければと思うが、目を開けられない。指に力が入らない。携帯が、鉛のように酷く重い。
"休みます"と打つのが限界だった。
これで、休むことだけでも伝わるだろう。そう妥協して、アドレス帳から送信先を探す。
指が、無意識のうちにカーソルを「鏑木・T・虎徹」の文字に導いた。
本名のまま入っているそのアドレスを指定し、何を考える暇も無く"送信"を押す。
そこまでが意識の限界だった。
床に座り込んで身体をベッドに凭れさせたまま、意識が泥沼に落ちていった。
酷い耳鳴りと、激しい頭痛と、目の奥の凄まじい熱。
ぴくりとも動かせなくなった身体で、朦朧とした意識の中で、ぼんやりと思った。
こんな時に、近くに誰かがいてくれたら。誰かが来てくれたら。
熱を出すと気が弱くなるというのは本当だった。普段なら絶対に考えないようなことが、ぐるぐると頭の中でまわる。
一人暮らしを始めてから、熱を出した時はいつも一人だった。
誰にも頼ることなく、誰にも頼らせることなく、一人でなんとかしていた。
なんだか、急に不安になった。
自分は、このままこんなふうに誰にも手を差し延べられること無く、生きていくのだろうか。
この先、自分はずっと一人なのだろうか。
(………怖い)
開いているのに何も映さない瞳に、涙が浮かぶのがわかった。
情けないなんて自嘲するだけの精神力は残っていない。
(……誰か、)
誰か、助けて。
僕のところに、来てください。
そのまま、意識は僕の手から離れていった。
――遠くで聞こえるあの声は、先輩のものだろうか。
――来てくれたんですか?
ぎゅ、と握られた手を、ぎゅっと握り返した。